マリーアントワネットの悲劇 イラスト付エッセイ  増井ゆかり 


 娘が幼稚園に入り、初めての秋。お迎えママの足元にブーツが目立ち始めた頃、私は焦り始めた。
「一刻も早くブーツを買わなねばッ!!」
 冬休み明けでは遅すぎる。「あぁ増井さんバーゲンでブーツ買たのね」と思われかねない。かといって靴箱に眠ってる5年前に買ったブーツは今っぽくない。「あら増井さんあんな古いデザインのブーツ履いて・・・」そんなヒソヒソ声が聞こえてきそう。元来張る見栄もないくせに人一倍見栄っ張りな私は、早速今年風のブーツを買いにデパートに車を走らせた。
 狙いは、ロングで、ヒールが比較的細く高く、つま先も尖って・・・、そして絶対に外せないのは足に超フィットするもの! 私の中で今年のブーツはこれだ! と誰が何と言おうと勝手にそう決めていたのだ。
私はかなり強気だった。自分で言うのもなんだが、私の足は膝から下は体型の割にかなり?細い(と思う)。よく言えば、欧米人風。正確に言うと、みなしごハッチに出てくる「フン転がし」という虫みたいな体型だ。そうよ、こんな時にこそ、この体型を生かさないとね。

 若い店員さんに「ヒールが・・・・で、・・・・で、そして足にこれでもかというくらいフットするブーツを見せて下さい!」鼻息荒く私は言った。鼻の穴に500円玉がすっぽり入りそうな勢いの私に、店員さんは圧倒され、すぐに私の要望に叶ったブーツを何足か持ってきてくれた。
 早速履いてみる。早速履いてみるつもりだった。が、早速なんて無理だった。ファスナーを上げるのも至難の業。息を止めてファスナーを上げるも、お腹じゃないから凹むわけもなく・・・。でも、何とか履けた。すると店員さんは「まぁお客様、これはかなり足が細くなければ入らない物なんですよ。すごい!細いですね」だって。元来お世辞だとわかっていても、鼻の穴が膨らんで舞い上がるタイプ。先ほどのあの装着時の苦労も忘れ「あら!もう少しフットするのはないのかしら?」そこまで強気か? 店員さんは一瞬ギョ!っとした目で私を見たか?いや見間違いだろう。(そう自分で納得するより仕方あるまい)見るからに細いブーツを持って戻ってきた。「おぉお主、手ごわそうじゃのう!」足を入れた。しかし、ファスナーがふくらはぎから上に進まない!懸命に横の肉をファスナーの奥に押し込み、1ミリ、また押し込み、1ミリ、最後は店員さん2人掛かりで私のふくらはぎの肉を、ブーツの中にまさに無理やり突っ込む形でブーツ着用は無事終了した。その姿はまるで16世紀のフランス。マリーアントワネットのコルセットの紐をメイド2人でこれでもかこれでもかと絞めている図のようであった。完成した細いウエストのマリーにメイドはこう言っただろう。「マリー様、なんて細いんでしょう。ステキですよ」と。かくいう店員さん2人も同様だった。「まぁお客様、なんて細いんでしょう。ステキですよ」と。
 鏡に映った私の足はカモシカのように(よく言う)ステキだった。これぞ私が求めていた今っぽいブーツだった。「これ頂くわ!」まるでお前はマリーアントワネットか?と言うくらい宝塚チックにそう言い放ったものの、今度は脱げない。ファスナーが肉に引っかかって下りないのだ。またまた店員さん2人掛かりでファスナーの周辺の肉を除け、1ミリ、除け、1ミリ、しかし、その動作もぴたりと止まった。履いていた編みタイツにガブリとファスナーが噛み付いているのだ。それを知りひたすら謝る続ける店員二人。
謝られたってどうにもならない。ここはマリーの貫禄で突っ切るしか方法はない。「ほほほ、よくてよ!」ビリリリッ!ブーツを買いに行く為に下ろした新品の網タイツ1000円也は見るも無残に引きちぎれた。このままじゃ帰れるはずもなく、引きつりながらも「これこのままは履いて行くことにする・・・わ・・・」店員さんは最後まで深々と頭を下げ、「申し訳ございませんでした」を繰り返した。
 特上の笑顔を振りまきながら、売り場を離れたものの、ここから早くも後悔の念に襲われた。足が・・・足にうまく血が巡らず歩行さえ困難なのだ。駐車場に抜ける階段.。そこは壁が鏡張りになっていた。私は必死に階段を下りながら、ふっとその鏡に目をやった。なんとそこにはブーツを履いたフン転がしがロシア民謡のコサックダンスをえらく高い位置で踊ってる、そんな姿が映し出されていた。足首が曲がらない。膝も上手く折れないのである。その姿に唖然として、車のキーをうっかり下に落としてしまった! 鍵を落としたくらい・・・なんてことはない。それがなんてことあったことをすぐに知った。膝が曲がらないゆえ床に手が届かない。体の固い私に前屈で床に落ちた鍵を取るということがどんなに大変なことだったか。
 車の運転もしかり。足にまったく感覚がないため、アクセルをどのくらい踏んでいるのかブレーキをどのくらい踏み入れているのかさえわからない。私は狭い駐車場を超徐行、急発進、急ブレーキを繰り返しながら、料金所まで向かった。富士急ハイランドのドドンパ並みの絶叫度だった。
その日から私の足・マリーアントワネット生活が始まった。ブーツを購入して早2ヶ月とちょい。毎日の歩行練習により、ブーツは少し伸び、歩行難度はレベル5からレベル3にダウンした。しかしながら、やはり今でもマリーだ。そんな私を見て夫は「女の人ってブーツ履く時、皆そんなに時間掛けて苦労して履いてるんだな・・・」といたく感心をしている。そんな彼に、いゃ・・・それは多分見栄を張り過ぎた私だけ・・・とは、とても言えない。
12月19日現在 ダメにした網タイツ               7足
        運転中あやうく人を跳ねそうになった未遂      2件
        後方車からのけたたましいクラクション+パッシング 13件
        ブーツで出掛けた待ち合わせ遅刻回数        4件 
最後に     ブーツを買ったことを後悔してる?       し・・・たくない!