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コスモスの花が咲き乱れる季節だった。
家々の垣根からあふれだしたその花たちは、夏の間伸びきった茎から、様々な色をした花びらを広げていた。
風に揺れるその様子は、さざ波を思わせる美しい光景だった。
彼のことを初めて意識したのがそんな季節だった。
同じ教室で、いつもの毎日の中、なぜ突然に彼のことが気になり始めたのかは未だによくわからないが、
とにかく急に彼を目で追う日々が始まった。
教室での私の席は一番後ろで、彼はかなり前方の斜め前に座っていた。
先生や黒板を見ていると、いつも彼が私の視界に入ってきた。
彼は、いつも元気で、とてもユーモアがあり、みんなの人気者だった。
その頃の私と言えば、おとなしくて目立たない、いてもいなくても誰も気づかないようなそんな存在の少女だった。
彼のことを目で追う、探す、見ているだけで幸せな気持ちになる。
それはまさしく恋そのものであったが、私にはそれが恋だと気づくはずもなかった。
なにせ初めての感情であったから。
でもなにかふんわりと、優しい気持ちになれて、彼の行動ひとつひとつがやけに気になる。
人気者の彼は、クラスの仲間みんなに対して、分け隔てなく話しかけた。
夕べのテレビの話、次の授業の宿題の話、新製品のコマーシャルの話・・・
彼に話しかけられても話題についていけるようにと、
見たくもないテレビを見て、いつもはさぼり気味の宿題もきちんとこなし、
新製品のチョコレートを誰よりも早く賞味しておこうと、そういう努力は惜しまなかった。
ある日、学校からの帰り道、いつものようにコスモスの咲き乱れる公園を抜けたとき、
突然、私服の彼がコスモスの向こう側に現れた。
私は言葉を失い、ただ驚きのまなざしだけを彼に投げかけていた。
学校以外で、二人きりで話すことなど一度もなかったし、
制服とジャージ以外の彼を見ることなど、初めてだったからだ。
「今、帰るの?部活?」
「ううん・・・委員会で遅くなったの・・・」
「そうかあ、気をつけて帰れよ。」
たったそれだけの言葉を交わして、優しい微笑みを残して、彼は私の横をすり抜けていった。
私は、胸の鼓動が彼に聞こえはしないかと、コスモスをつんだままの両手で心臓を押さえた。
胸がキューンと痛くなり、指先が震えた。
訳もなく涙があふれてきた。
彼のほうを振り向くことさえできなかった。
ただロボットのように、足を交互に出して歩き始めた。
そして握りしめたコスモスは、家につく頃にはくたくたになってしまっていた。
早速、ガラスの花瓶によれたコスモスを差してみた。
元通りになってくれるかどうかの心配と
その下を向いたままの花びらが、私の姿を映し出しているようで、
なんだか可哀想で可笑しくて、くすくすと笑いながら、それでもなんとなく幸せな気分になった。
彼にとっては、ただの日常のひとこまが、私にとっては、こうして忘れられない一瞬のまま、いつまでも胸の奥で息づいている。
初恋は、はかなく美しく、映画の一場面のように、そっと切り取られたまま残される。
純粋で柔らかなその感情は、確かにそこにあり、確かに私が感じたものなのだ。
今でも恋に出会うたび、その胸の痛みと共に、ふと彼を思う。
この広い空の下、どこかで元気に暮らしているであろう彼を。
13歳 秋風の吹くころ
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