To love you more  創作短編ラブストーリー  湖那津杏樹


彼女はもう何百通目かの手紙を書き始めた。
彼が日本を離れて5年が経つ。5年の間、彼から寄越した連絡は、無愛想な絵葉書がたった一枚。
彼女は変わり映えしない生活を送りながら、暇さえあれば彼に手紙を書いていた。
といって全部を送っているわけではない。
なにしろどこで何をしているのかわからないのだ。
それでも彼女は、毎日のとりとめもない出来事を、まるで日記でもつけるように丁寧に、丁寧に書き綴っていた。
彼は旅立つときに、彼女に別れを告げた。
帰ってくるのはいつになるかわからない。だから、待っててくれとは言えない。
連れて行くこともできない。
だから、俺のことは忘れて幸せになってくれ。
彼の精一杯の言葉だった。
彼女もいくつか恋をし、結婚を考えたこともあった。
しかしその度に、頭をよぎるのは決まって彼の顔だった。
忘れることなどできない。
彼女にとっては、まだ過去になっていない想いは現在進行形だった。
今日彼女は会社を辞めた。
家族にも、しばらく家を出ることを話した。
もうずいぶん前に決めたことだった。
彼女は書いた手紙の束を、最後にボストンバッグの一番上に載せた。
5年の間で貯めた旅費。
どこへ行くのかわからないけど、とりあえず彼の足取りを追ってみようと思った。
もしも彼に会えたら、この手紙を渡そう。
5年分の想いが詰まった、この手紙を。