表現できない気持ち  超短編小説  ひろ


 電車のドアへぎりぎり手を入れ込み、閉まりかけていたドアが再び開いた。やばいとこだった。今回これで遅刻していたら、彼女の怒りは頂点に達していたに違いない。さっき整えたはずの髪がぼさぼさだ。まあいい。この電車に乗れれば、20分もの間、一人の時間だ。このまま行けば約束の時間にも間に合う。そう思いながら、同時に電車のドアのガラスに微かに写る自分の顔を見ながら、ぼさぼさになった髪型を手グシで直す。
 すると、ガラス越しに写っている自分の顔の横に、こちらを見ている人影の存在に気がついた。振り返ると、僕の行動の一部始終を見て、かすかに笑っていた一人の女の子が立っていた。その笑顔。忘れるはずもない。何年か前に別れた前の彼女だった。数年前、お互いの進む道を優先するという理由だけで、二人の恋愛は途切れた。
「相変わらずだね。」
「そうかな?」
僕はこのやりとりに、少し懐かしさと心地よさを感じていた。
「今からデート?」
「・・・そう。」
「相変わらず遅刻ばかりしてるんでしょ。」
「そんなことないよ。」
一度は好き同士だった相手に、恋人の話を聞かれるほどくすぐったい感覚はない。僕の向かっている待ち合わせの場所は、この目の前にいる元彼女とよく待ち合わせていた場所。それに気づかれるのが嫌で、僕は降りるべき駅に着いたが、次の駅だからと元彼女が降りるのを見送った。僕は閉まったドアを見つめながら、用もない次の駅まで向かった。次の駅ですぐに引き返した僕は、結局今回も遅刻をしてしまい、彼女の怒りを買ってしまった。
ひと通り怒られた後で僕は、彼女を力いっぱい抱きしめた。