覆水盆にもどらず   エッセイ   なおみ


今日、調理をしている途中で久しぶりにコップを倒してお茶をこぼした。「覆水盆にもどらず」という言葉が頭をよぎる。
子供の頃、「ことわざ辞典」を読むのが好きだった。その中で、この「覆水盆にもどらず」というのは、子供ながらに実感があった。さっきまでこの「コップ」のなかに入って飲める水だったのが、一瞬の油断でテーブルの上にひっくりかえる。水はテーブルクロスをしたって床まで濡らす。 その水は二度と飲めないし、全く別のものになってしまったと言ってもいい。
一瞬の油断で怪我をしたときや、くだらない一言で人間関係にひびを入れてしまったときも、同じ言葉が頭をよぎる。「そんなつもりはなかったのに」といくら後悔してもはじまらない。「覆水盆にもどらず」とまたその言葉が頭をよぎる。
子供の頃からそれを繰り返した私は、ある一面で慎重な性格になった。

水をこぼさないように払う注意と、こぼした水を拭きとる手間とぱあになってしまった水。それを比べる時、払う注意の効率の良さは歴然だ。しかし、その効率の良さは「雨降って地固まる」というチャンスを潰す。

ことほどさように、生きていくことは複雑だ。