半年前、グラフィックデザイナーの夫が勤めていた会社をリストラされてしまいました。新しい職場を探すだろうと思っていたら、主人はこれを機会に夢だった画家の道に進みたいと言い出しました。
「成功したらいい暮らしをさせてやるから、それまでは俺を支えてくれ」という夫の言葉は真剣そのもの。大学時代に創作に夢中になっている夫に惚れて結婚した私ですから、できれば彼を支えたいと思っています。
 今、夫はサラリーマンの垢落としだとかいって海外旅行に出ています。退職金は生活費でどんどん減っています。今もパートには出ていますが、夫の分も稼ぐとなるととても足りません。ふたりの子供を抱えて途方にくれている私です。
(28歳、結婚7年、子供5歳、3歳)

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リストラという不幸を、逆にチャンスに変えてしまおうというご主人の明るさがうらやましいです。人間って、逆境にあると悲観的になってしまって、ますますよくないことが起きるんです。ご主人を支えたいという気持ちがある限り、なんとかなるんじゃないでしょうか。あなたも、ひとりの働き手となるいいチャンスと思って、家計を支えられる収入を目指して、一歩を踏み出してみてはどうでしょうか。(Bさん)
男の人が何かやりたいと思ったとき、妻や子供がいるからあきらめるということはよくあると思うんです。主人の仲間でも「子供ができたから」とサラリーマンになった人がたくさんいます。あなたにもご主人を支える覚悟をしてもらいたいなと思うけれど、こればっかりはおすすめできません。お金はもちろん、あらゆる意味でサラリーマン家庭のような安定はなくなります。それでもご主人を支えてみたいかってことだと思います。(Wさん)
あなた自身の将来設計は専業主婦? それとも子育てが一段落したら仕事を持つこと? そのへんがわからないのですが、もし後者なら、それが少し早まったと考えたらいいのではないでしょうか。小さい子供を抱えて仕事をするのは大変なことですが、早めに始めればそれだけキャリアが積めます。そのへんの心の整理をして、ご主人が帰国されたら、ご主人の思いを聞き、あなたの思いを伝えて、よく話し合ってみてください。(Muffin-Net編集室・M)
レーサーとしての夫を支えた14年間。
苦しかったけど充実していました

Wさん(44歳、結婚20年、子供18歳、15歳)
 うちは、今、バイクのお店をやって家族4人なんとか生活しています。私の人生は、24歳のときに、2輪のレーサーだった18歳の主人に出会ったのが運のつきでしたね。「この人がプロとして走れるように、私もプロの主婦になろう」と誓って結婚して、だいたい13〜14年間貧乏生活が続きました。今だって豊かというにはほど遠いですけど、まぁ人並みの安定した生活ができるようになりました。

 私の兄もバイクが好きでしてね。主人とはその関係で知り合いました。海外のグランプリに出るんだとか、俺が有名になったら・・・とか、夢みたいなことばかり言っている主人を、ごくふつうの会社のOLをしていた私は、「この人、ほんとうにそんなことができると思っているのだろうか」と、最初バカにして見ていたような気がします。でも、彼からアプローチされてつきあっているうちに感化されていっちゃったんですね。「この人を世界的な選手にしたい!」と思うようになりました。

 で、兄、両親の反対を押し切って結婚しました。子供ができるまで会社はやめなかったので、ふたりとも独身のときと似たようなものでした。でも2年目に子供ができてから生活は一変。私が会社をやめざるをえなくなり、生活費が激減しました。生活費はほとんど私が負担していたんですから。子供のミルク代にも困ることがあり、よく夫婦げんかをしました。

 でもね、練習の合間を縫ってアルバイトして、それを軍資金にしながら小さなレースに出て実績をあげようとしている主人を見ると、最後は何も言えなくなっちゃうんです。私はこの人を「世界的な選手にしたい」と思って結婚したんだってところに戻ってしまう。だから子供が1歳になるころには決心がついていました。主人のお金をあてにするのはやめて、内職でもなんでもやって、子供と私は主人のお荷物にならないで生きていこうってね。

 それからは、洗濯機の水一滴たりとも無駄にしない切りつめた生活です。明日のお米に困っても主人には言わないと心に決め、二人目の子供の出産も全部自分だけでしました。
「まずは主人が全日本級の選手になるまで」って思っていましたね。妊娠中も、家でできる内職を近所の人に紹介してもらってやっていました。平均すると月に8万円ぐらいの収入かな。私がどんな生活をしているか、近所の人たちはわかるじゃないですか。野菜を譲ってくれたり、いろいろと助けてもらいました。

 結婚して6年目ごろでしたね。主人がだいぶ認められるようになってきましてね。全日本級のレースにもちょくちょく出られるようになったんです。でもお金が入ってくるかというと、そんなことはないんですね。全日本級の選手でも、有力なスポンサーがつかない限り、軍資金のほうが賞金を超えてしまうのがこの世界なんです。

 それでも、レースで優勝したときは、ほんとうにうれしかった。主人とただただ泣いて喜んでしまいました。いただいた賞金は借金を返すのに全部持っていかれましたが、ああいう喜びはサラリーマンの妻じゃ味わえない。ちょっと近所に買い物に行くときでも、自分がすごく誇らしく思えたものです。

 それから数年間、主人は一応レースに出ていました。入賞したときには賞金の一部を家庭に入れてくれました。でもお金に余裕ができたからではありません。彼のレース人生はお金の面で壁にぶつかっていたんです。才能のことは私にはわかりませんが、スポンサーも大きなところは結局ついてもらえなかったし、入賞が続いたときでも、借金が減ることはなかったんです。

 そして6年前引退すると・・。主人は32歳で、私が38歳のとき。引退してお店を出すのならその資金を貸してくれる人がいると言い出したんです。子供たちも高学年になって、私はフルタイムに近いパートをやって月15万円ぐらいの収入があったので、もっと続けてくれてもいいと言ったんですけれど、「もう限界だ、もう十分だ」と一言。私、あのときいちばん悲しかったな。「世界的な選手にする」と思った私なのに、なんにもしてあげれなかったと思ったんです。だって子供ができてから12年間、私は子育てと家計を維持するだけで精一杯だったんですから。

 でも、今は、主人と一緒にお店をやっていくことが楽しいと思っています。選手時代のネットワークが生きて、応援してくれる人も多くて、案外順調なんですよ。主人は選手としてはそれほどじゃなかったかもしれないけれど、選手時代にみんなに好かれていたということがわかりました。それってお店をやるのにはすごいメリットなんですよね。借金も今年中には返せそうなんです。子供たちにとっても、主人がもと二輪の選手だったというのは、やはりうれしいものみたいで・・・。今、とても幸せです。