シングルマザーを選択する女性が増えています。親ひとりで子供を育てるのは大変なこと。
 もしもシングルマザーを選択するとしたら、どんな現実が待っているのか、支援システムはどうなっているのかを知っておきたいと思います。
 今回は離婚でシングルマザーとなったBさんの経験と、夢に生きる夫を支えるために家計をすべて引き受けたWさんのお話をお届けします。

 もうすぐ離婚します。私たちは最初からうまくいっていなかったので、離婚は私も納得しています。子供は私が引き取るので、主人は子供が高校を出るまで養育費を月に3万円出すと言っています。私としては、子供が小さいうちは今までどおり家にいたいので、生活費もほしいのですが・・・。やっぱり子供を預けて働きに出ないといけないのでしょうか。でも私はできちゃった結婚なもので、働いた経験は高校のときにやったファミレスでのアルバイトしかないんです。(24歳、結婚3年、子供2歳)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
仕事をまったくしないシングルマザーって、実家が全部面倒を見てくれるとかいうことがない限りありえないと思います。子供を育てることに専念したい気持ちはすごくよくわかりますが、やっぱりそれは無理だと思います。仕事を始めるのは少しでも早いほうがいいですよ。教育費がたくさんかかるころには、それなりの収入がほしいですよね。最初は自宅でできる内職みたいなものでもいいからやってみて、その中で技術を身につけたり、自分の適職は何かとか、どれくらいの仕事量でいくらもらえるかとか、知っていったほうがいいと思いますよ。(ケーススタディ1のBさん)
仕事をしたくないみたいですね。あなたは、子供を育てることだって、お金にならなくても、立派な仕事だと思っているのでしょう。実感としては私もそう思います。けれど世の中はそうなっていないのです。世の中のしくみを、自分の目で現実的に見ないといけません。親がふたりいれば、片方が生活費を稼ぎ、もう一方が子育てをすることができますが、ひとりならどちらもやるしかありません。厳しいことを言うようですが、そのことをしっかり認識してください。(ケーススタディ2のWさん)
離婚した女性の多くが、お金のことで後悔しています。養育費・慰謝料など、弁護士さんに相談してきちんとした書面に残しておいたほうがいいと思います。できれば養育費も、先払いでもらっておいたほうがいいと思います。月々もらうことにしていて、もらえない人が大勢います。Muffin-Net「会員の広場」の「賢い女のマネースクール」で、「離婚とお金」について知っておきたい最低限のこと(2002年2月掲示)を取り上げていますので、ぜひ読んでください。(Muffin-Net編集室・M)
離婚後10年めにして、ようやく、
安定した収入が得られるようになりました

Bさん(40歳、子供16歳、子供13歳)
 離婚して10年、今の仕事を始めて4年、ようやく生活が落ち着いてきました。ふたりの子供と3人でなんとかやっていける目途がついたような気がします。
 でもそれに10年近くかかったんですよね。みじめな時期がずいぶんありました。

 10年前離婚したとき、上の子が6歳で下の子が3歳でした。主人の浮気とか、主人の実家がらみのトラブルとかいろいろあって、もうこの人の顔を見たくない! と、後先を考えず、慰謝料はいらない、養育費は口約束だけで離婚届を出してしまったんです。

 子供だったと思います。世間知らずでした。結婚前にもアルバイト程度しか働いたことがなくて、結婚したら主人の実家が裕福で、お金の心配など全然しないでよかったから。

 結局、離婚したときにもらったのは、300万円だけ。最初の2年ぐらいは、このお金と養育費月5万円で生活していたんです。ときどき遠方に住んでいる実家の母が心配して、お金を送ってくれました。でも、実家はすでに兄の代で、母が自由にできるお金はそんなになかったんです。

 母子家庭には自治体の援助がある程度あるんですね。ですから、謙虚でまじめな人だったら、手に職がなくてもなんとか仕事を見つけて、なんとか子供と生活していくことはできると思うんです。でも、私はお嬢さん学校育ちでプライドばかり高くて、人に頭を下げて「お願いします」なんて言えなかった。それに、離婚したショックはやっぱり大きいんですよね。「なんで私がこんなめにあわなくてはいけないの」という悔しさばかりで、前を向いて仕事を探せなかったんです。

 いよいよお金がなくなったとき、母のすすめもあって実家に戻りました。で、実家近くにアパートが借りられ、幼なじみが社長をしている会社の事務のパートを紹介してもらいました。だけど私、もともと近所では「美人で頭がよくて東京の大学まで進んだ子」として有名だったんです。だからいろんなことを言われました。それに、今思えば職場での私の態度はなってなかった。パートのくせに、社員はもちろん幼なじみの社長にも対等な口をきいていたんですから。

 当然会社にいづらくなって悪い噂も立てられて、やっぱりここは私の居場所じゃないと思って、東京に戻りました。母に100万円もらって・・・みじめでした。「こっちに戻っておいでよ」と言ってくれた友達の言葉だけが頼りでした。大学時代に親しかった友達なんですけど、住むところもパートも、子供たちの転校手続きも、彼女がいなければ何もできなかったと思います。

 さすがの私も、彼女には心から頭を下げました。彼女だって家庭があるのに、そこまでしてくれたんだもの。そのころから、私、少し変わったかもしれない。離婚の悔しさより、先のことを考えなくてはいけない、もう逃げられない、自分でこの子たちをなんとかしなくちゃいけないって。さすがの私も子供を路頭に迷わすわけにはいかないと思ったんです。

 子供がふたりとも小学校のうちは家にいたほうがいいと思って、部品の組み立てや宛名書きやテープリライトなどいろんな内職を紹介してもらいました。前の主人は養育費の送金を忘れることがよくあって、それまでは催促するのもいやだったんだけど、このころからきちんと催促して、もらうようになりました。

 でも、仕事ということでは、まだまだ甘かったですよね、私。子供が病気になれば、「だってしかたないでしょ」で、納期を平気で無視していた。だから当時の収入は、月に7万円に満たなかったんです。こういうのが、爪に火をともすような生活っていうんだと思ったのを覚えています。

 上の子が中学に入学したとき、もっと稼がないと子供を高校、できれば大学にも行かせることができないと思って働きに出ることにしました。

 それでまた例の友達に紹介してもらったのが、化粧品の訪問販売。歩合制の契約社員になりました。歩合制でしょ、最初は近所の人や友達に買ってもらうしかないから、下げたくない頭を、生まれて初めて一生懸命に下げました。仕事を紹介してくれた友達が顔が広く、いろんな人を紹介してくれたこともあって、収入が月10万円を超すぐらいにはなっていったんです。

 でも知り合いのネットワークでやっていけたのは1年ちょっとかな。友達もさすがにネタが尽きたよって言って、私はもうやめるしかないなって思ったんです。

 そのときです。上司に思い切り怒られました。一生働いていく気がないのかって。知らないお宅を訪問してみろ、新しい顧客をつかむ営業をしろと言われ、何をしたらいいのか自分で考えてこいと。これまでのお前の仕事は仕事じゃない、これからがほんとの仕事だと言われましたね。泣いている私にムチうつような上司だったんですけど、「子供のためと思えばなんでもできるだろう」と言いながら、営業のやり方や顧客の心のつかみ方などを手取り足取り教えてくれました。

 そのおかげなんです、今の私があるのは。月の収入は約20万円です。今、上の子が高校に入学し、下の子が中学校。この子たちも小学生のころはいじめられたり、いろいろありましたけれど、母親の私が私が安定してくるにしたがって、穏やかになってくれました。