FILE.31 彼の遺伝子
【前編】無キズの離婚 08.05.21

 輸入雑貨の店を経営するリサさんは33歳。フランス人の父と日本人の母との間に生まれたとあって、透き通った白い肌と茶色い瞳が印象的で美しい。
「ありきたりな言い方ですけど、この十数年間はなんていうか、ジェットコースターに乗っているような人生でした」

 デザイン関係の専門学校に通っていたときに知り合った男性と、同棲を始めたのが20歳のころ。卒業後アパレル関係に勤めていたリサさんは、駆け出しのイラストレーターだった彼と5年後に結婚した。
「ふたりともバリが大好きで。友だちみんなでバリに行きたいねえ、と話していたら、どうせだったら向こうで結婚式とかしちゃう?なんていう話になって。彼は同棲というかたちを、両親から常々とがめられていたみたいだったし。私は親には何もいわれてなかったんだけど、なんとなくケジメっていうか、ひと区切り付けたいなあっていう気分になって。ちょうど転職も考えていたので、どうせだったら会社を辞めて、ちょっとロングバケーションしちゃおうか、みたいな感じになって結婚することになったんです」
 まさに勢い。両親や友だち総勢二十数人を伴って、バリ島へウエディングツアー。すべてバリ流で式を挙げた。計画も、準備も、結婚式。幸せだった。というより、すべてのことが楽しかった。

 けれど、パーティー後の二次会前に、幸せ気分はふっ飛んだ。
「二次会会場に行く段になって、彼が疲れたから行きたくない、ホテルに帰ると言い出したんです。みんな私たちのために来てくれてるんだよって説得したんですけど、まったく聞き入れてくれなくて。二次会は花婿なしで、花嫁だけぐいぐい飲んでました」
 もともとマイペースな男だった。周りの空気などおかまいなし。一緒にいてもリサさんの気持ちよりも常に自分を優先するタイプ。
「結婚したら彼も変わるかもって、勝手に思ってたんですね。家族ができれば自覚とか生まれるのかなって。話し合いとかすればよかったんだけど、そういう気持ちを彼に説明したこともなかった」
 会の途中、何度も席を立ってトイレで泣いた。
 帰りの飛行機のなかで、ずっと離婚を考えていた。離婚といっても未入籍。帰国後、入籍する予定だったが、お互いにそのことを言い出すことはなかった。

 リサさんは輸入雑貨の会社に転職、仕事が忙しくなった。が、彼は相変わらず仕事は少なく、だからといって状況を打開しようというエネルギーが感じられなかった。仕事がなければ夜中までネットサーフィンをしては夕方起きてくる。疲れて仕事から戻ると、「夕飯は?」と催促される。
「結婚式もしたのに、いつまでもグズグズしている彼が嫌だった」
 籍は入れないまま、半年後に別れた。戸籍上無傷(?)で済んだ。周囲を混乱させたが、彼女自身はそんなに傷ついていなかった。逆に、長かった同棲生活にピリオドを打ち、「自分の人生、これからどうやって生きていこうかってすごく前向きでしたね」

 未入籍でも、周囲には「離婚した女」と映る。
「離婚後すぐって、なんでしょうね。なにかフェロモンが出てるんでしょうか。今思うと異常にモテました」
 1週間で、3人から交際を申し込まれたこともある。
 そのなかのひとりに、著名な空間プロデューサーがいた。彼女が店長を務めるショップの上客だった。彼女の会社の社長や取引先の人たちとともに食事をしたり、よく飲みに行った。
「話がすっごい面白くて。彼のもつ独特な世界観にはまっちゃったんです」
 男性は彼女よりひとまわり以上年上で、妻子もあった。妻もその世界では名前の売れたプロデューサーだった。
 アイデアが浮かぶと、彼はすぐに自分のノートを取り出した。バーのカウンターに広げ、ボールペンで企画書と図面を描いていく。くゆらせるタバコの煙の向こうに、ペンを握った細い指が動く。最初は苦手だったバーボンの匂いが、いつしか好きになった。

「リサといると、なぜかアイデアがあふれてくるんだよ」
「君、面白いね。すごく可能性を感じるよ。一緒に仕事したいね」
 いま思えば、誘い文句だった。
(次週に続く)

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