FILE.2 父親への手紙
【完結編】親の人生を受け止める 06.10.24
 ナツコさんはパソコンで書いて印字した手紙を渡したが、父親からはメールで返事が来た。
 ナツコ様、と敬称で始まったメールは、こんな内容だった。

 身に余る言葉をいただき感謝している。
 長い時間の恨みつらみがあるはずなのに、こんな温かい手紙を書いてくれてありがたい。
 自分は生まれて初めて肉親に褒められたような気がする。うれしい。

 「父からのメールは自分のものではないので公開は出来ませんが、本当に父の素直な気持ちが書かれていたと思います。私もうれしかったです」とナツコさんは顔をほころばせた。それ以来、父娘の関係は少しずつよいほうへ変わってきたという。
ナツコさんの祖母、父の母親は勉強のできる息子を可愛がっていたし、褒めてもいた。それなのに、父親は「初めて肉親に褒められた」という。おそらく、“勉強が出来ること”しか認められなかったのだろう。長所も短所もひっくるめて自分のすべてを包んでもらえることがなかった。父親は自分を丸ごと受け止めてもらえたのは、娘がよこしたこの一通の手紙が初めてだったのだろう。

 父親とのたった一度の往復書簡の後、ナツコさんは今度は夫との関係を考えるようになった。父親にないものを夫に求めたはずなのに、今度は父親にあって夫にないものを求めている。けれど、夫にないものを自分が家庭の中で補うことで、知らない間に自分に父親のような能力が身についていることに気づく。夫が父親のように何でも出来る男だったら、女を支配したがっただろう。それに自分は耐えられなかったに違いない。
 「(あんなに憎かった)父のことを認めることができたのだから、夫のこともいつか理解できるのかもしれませんね」。彼女はそう話したが、「でも……」と言葉を切った。言おうか、言うまいかと、迷っている空気が伝わってくる。「でも、でもね。自分も弱ってくるときがあるんですよ。(夫に)甘えたくなるときがある。でも、世界で二番目に私にとって頼りにならないのは夫なんです。一番は今となっては両親ですけどね」。

 彼女は「お話しして、自分のことがすごく整理できました。(夫とは)やっぱダメかも、という気がしていたけれど、なんとかうまくやっていけそうな気がしてきました」と明るく言った。父親のいいところを認めようと、勇気を出して渡した手紙で互いの距離が縮まったように、夫との関係にも変化が訪れるときが来る。色あせて見えていた夫のよさも少しずつわかってくるのかもしれない。

 余談になるが、今回のストーリーを読んだ方から、こんなメールをいただいた。
――私も結婚して1年ぐらいたったとき、自分の父ができて、夫ができないことを発見して、最低の人間のように、夫を罵倒してしまいました。それで、初めて、「そうか、父親にないものを求めて結婚相手を選んだけれど、そのとき父親のできることリストのチェックはしなかったな」と思ったものです。
 女性たちが、夫に求めているのは、「父親ができることはできてあたりまえ、そのうえで、父親のいやなところがない男性」というところなんですよね。男たちが、妻に求めるものも同じなんでしょうかね――

 ――子は親の鏡という言葉があります。親が自分を戒めるために使うのは好きですが、他人に対して使うのは嫌いです。子どもは、親のイヤなところを分析し、自分はこうなりたくないと考える力を持っています。親の欠点をそのまま受け継ぐほど単純ではありません。ver2に登場する娘たちからは、なんとか自分は親の鏡にならないようにしたいという葛藤が伝わってきます。(中略)
 自分の親との関係をもう一度考えてみようという気になります。――

 メールを読んで、父親にないものを求めてパートナーを選ぶ人はやはり少なくないのだと改めて思う。「父親ができることはできてあたりまえ、そのうえで、父親のいやなところがない男性」というのもなるほどとうなずけた。
 もう一つのメール。「子どもは親の欠点をそのまま受け継ぐほど単純ではない」も理解できる。が、一方で、自分でも知らない間に刷り込まれている性格や価値観があるのも現実ではないだろうか。「すっごいいやだったのに、気がつくと親に似ちゃってる」。私を含めて、そう感じる人は多い。「こうはなりたくはない」という「呪縛」から、子どもが自らをどう解き放たせるか。親との葛藤のメインテーマの一つだと私は思う。

 では、どうしたらいいか。
 ナツコさんのように子どもが親の生育歴までさかのぼって理解し、親の人生を丸ごと受け止めることが出来れば、親とのかかわりは変わるのではないか。
 包丁で刺そうとまで憎んだ相手の人生をありのまま認め、それを相手に伝えるということは、どんなにエネルギーを要したことかと思う。親だからできたのか、親だから関係の修復に時間がかかったのか。きっと、その両方なのだろう。
 誰しもが抱える実の親への葛藤。父親が記したように「長年のうらみつらみ」を乗り越え、愛情豊かな手紙をつづった彼女の寛容さに、私は涙がこぼれた。終わり