FILE.22 ホモセクシャルの夫
【中編A】言いわけ 07.12.11
  ホモセクシャルのビデオだった。パッケージには男性同士が絡み合う写真、そして明らかにそれとわかるタイトル。
 あの〜、「俺達の禁断の快楽」とかそういう感じ?
 アユミさんはブンブン首を振った。
「やだっ。もう、からかわないでくださいよ。もう、ホントに、その時はビデオを床に投げつけたくなりましたよ。ああ、私、騙されてたんだって思いました。だから、私に指ひとつ触れないんだって。もう、(テレビ番組の)“ためしてガッテン”じゃないけど、ホント、心からガッテンしました!って感じで」
 会話が面白くて彼と一緒になったと言うだけあって、アユミさんのユーモア精神も相当なものだ。だが、今でこそ笑い飛ばせるが、その時はさすがに落ち込んだ。

 「そういえば、セックスレス以外にも、彼の行動で思い当たることはたくさんありました」
 休みの日の夜などに、ひとり自室でずっとパソコンに向かっていた。アユミさんが入ると、パソコン画面をサッと消した。「ノックしてから入ってって言ったでしょっ!」と、怒鳴られたことも一度ではない。
 加えて、学会の出張だとか、ホテルに宿泊してくることもたびたびあった。彼女は当初彼の浮気を疑っていた。実は付き合っていた女性がいて、関係を清算できていないのではないか。ごくありがちなことを疑っていた。そこでこっそり財布を探ってホテルの領収書を見つけたけれど、宿泊人数は毎回「1名」となっていたため、浮気ではないと安心していた。だが、よくよく考えれば「外からホテトルみたく、中に入れる事だってできますよね」

 妻は、夫の「彼女」の存在ではなく、「彼氏」の存在を心配しなくてはならなくなった。
 そして、すぐさま夫を問い詰めた。だが、夫は最初こそしらを切った。
「やっぱりホモなんじゃない!」
 彼女の鬼のような形相に夫はひるんだ顔で、こう言い訳した。
「ち、違うよっ。お、おれって、恥ずかしいけど女性が出てくるピンクビデオもいっぱい持ってたんだ。ちょっと好奇心があったんでそういうの(ホモビデオ)も買ってみただけ。でも、ピンクビデオは廃品回収で出せるけど、ホモのは恥ずかしいだろ。だから、そうしようもなくてさあ」
 具体性も、信憑性もあった。「じゃあさ、彼氏とかいないわけね?」
 そういうと、夫は「ばかばかしい」とでもいうように、薄笑いを浮かべつつ手を振って否定した。「毎日忙しいんだよ。おまえが不満なのはわかるけど、おれってもともと淡白なんだよ。時間、くれよ」
 彼女は疑いをもちつつも、ここでは納得した。それでも、当然ながら不安は消えない。友人にも親にも最初は言えなかった。そこで、自分のパソコンでネット検索してみた。検索項目は「ホモセクシャルの夫、妻、悩み、離婚」
 アユミさんのように、結婚後に夫の性癖に気づいた人たちの生の声が、膨大に検出できた。中には両刀(!?)で、何年間もまったく気づかずに過ごしていた人の話もあった。
「ビックリしました。私と同じ境遇の人がこんなにいたのかと。えーっ、あなたもなの?って同情したりして。そういう人たちが集まる掲示板もあって、思わず書き込みしようかと思いましたがやめました。まだ確心があったわけじゃないですし。うちの(夫)は違うかもって、まだ思っていたんです」

 相変わらずのセックスレスの夫婦生活。それでも、ほしい洋服を買ってもらい、食事を作りたくないと言えばすぐにレストランを予約してくれる夫。「はっきり言ってセレブな生活に憧れていた」という彼女にとって、リッチな暮らしには、違う意味での満足感もあった。
 それでも、やはり夫に対する猜疑心は消えない。「特に彼のパソコンですね。絶対怪しいと思いました。そういう人たちが集まるサイトを見ていたんじゃないかと思いました」
 ある日、こっそり夫のパソコンを見た。過去の履歴は「俺達の禁断の快楽」ふうなものばかりだった。
 もう一度問い詰めようと思った矢先、困ったことが起きた。
「夫は自分の父親に頼んで、もっと待遇のいい病院を紹介してもらえることになっていました。そこから海外研修の道も開けるということでした。私にアメリカに連れて行ってやるってうれしそうに話していましたから。当時、その話がずいぶん進んでいたのですが、私が問い詰めようと思った夜に、義父から電話があったんです」

 話が白紙になった知らせだった。夫は妻が驚くほど逆上した。怒り狂ったかと思うと、受話器を握り締めたまま子どものようにわんわん泣き始めた。
(中編Bに続く)
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