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FILE.2 父親への手紙
【中編】結婚は父への復讐 06.10.10 |
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「私、物心ついたころ、そう、10歳くらいから父を軽蔑していましたね。本当に軽蔑の対象でしかありませんでした」
ナツコさんは目線を落としながらポツポツと父親の話をし始めた。
東大卒のエリート官僚だった父は、他人を学歴や収入、社会的地位でしか判断しないところがあった。小学生のナツコさんの同級生さえも、親の職業をみる。場合によっては「あそこの家の子と遊ぶな」と娘に命令した。加えて、障害者に対しても攻撃的だった。テレビで障害者のドキュメント番組が映ると「こんなのを観ていたら飯がまずくなる」と一方的にチャンネルを替えさせた。
他人を責め始めると止まらない横柄さもあった。家族で旅行に行けば、ホテルの対応が悪いと支配人を呼び出して罵倒する。毒舌で弁が立つだけに、大人は誰も反抗できなかった。ナツコさんには弟が二人いたが、子どもたちに対しても一切褒めることはなかった。
「人の心を針で突き刺すようなところがありましたね。父には東大にあらずんば人にあらず、みたいな、特別な意識がある。それが子ども心にすっごく嫌でした。母親も父の言動に関して何も言わない。家事手伝いのお見合い結婚で、一度も働いたことがないからか、女は男に養ってもらうものと思い込んでいる人なので。私が何か少しでも反抗的な態度をとると“お父さんがそうおっしゃってるんだから”という。父親に対して敬語を使うくらいで。完全にかしずいてましたね」
親の価値観がいつの間にか刷り込まれ、丸ごと受け入れてしまう子どももいるが、彼女はそうならなかった。
小学5年生から友人の影響で教会に通い始めたナツコさんは、「人は貧富の差など関係なく皆が平等である」という精神を知った。そのうえ、クラスの半分が中学受験をする都心に住んでいたため、母親が勧める中高一貫の女子校に入学。両親は女子校ならどこでも、という感覚で建学の精神など確かめてはいなかったが、その学校はプロテスタント系だった。
「神以外の何者も恐れぬ独立人になれ」
「経済的自立なくして精神的自立はありえない」
社会的に自立できる女子の育成を目指す校風に、彼女は身も心も染まった。
「先生はみんな子育てしながら教師をしていて、本当にすばらしい学校でした。一直線に傾倒しましたね。30年近くも前の中学生が、家庭科の時間に夫婦別姓についてディベートとかしちゃうわけ。私の真髄はここで作られたと思います」
学校で教わる女子自立の精神と、家庭でみる母親のありようとのギャップに苦しんだ。「父も母も軽蔑していました。あんな女にはなりたくない、こんな夫婦にはなりたくないと。中学の頃からずっと家を出たくてたまりませんでした」
初めて父親に反抗したのは20歳の成人式。「振袖なんていらないといい続けていたのに、私の意志を無視して仕立ててきたんです」
親に隠れて学生運動に参加するような女子大生だった彼女は、無理やり着させられた振袖が我慢できなかった。写真を撮ったあと家に戻り、すぐに着物を脱ぎ捨ててしまった。すると、父親が飛んできて「何をしてるんだ。親がせっかく買ったものを!」と怒り始めた。
彼女は「私はお父さんの人形じゃない!ロボットじゃない!」とボロボロ泣きながら、抵抗した。
それ以降、父親とのいさかいはやむことがなかった。その数か月後には大ゲンカになり、台所にある包丁を持ってきて父親へ刃を向けた。
「あんたなんか死んじゃえばいい!」
叫びながら両手に包丁をもつ彼女を、後ろから羽交い絞めにし必死で止める母親。父親は「子どものくせに!だれに育ててもらったと思ってるんだ!」と、両こぶしを震わせながら娘を罵倒した。
翌日、父親に宛て「もう、家を出たい。価値観が違いすぎる。一緒にいられない」と心情を手紙につづった。父親の人を人とも思わないような横柄な態度や物言いがいかに嫌なのか、率直に伝えた。父親からは「価値観が違ってもいっしょに暮らせるはず」と返事は来たが、自分の態度を反省するような文面ではなかった。
その後も、父親と言葉を交わすことのない冷戦状態が続いた。
そんななか、夫との結婚が決まった。
「学歴もなく、定職にもついていない。しかも、彼の父親は父が忌み嫌う障害者でした。いま思えば、あの結婚には、父親へのあてつけのような気持ちがあったと思います。私は学歴や収入で人を判断する人間じゃないのよ、って言いたかった。それに、大工仕事も家の電気の配線も何でもできる優秀な父と違って、夫は最初に言ったように不器用な人だったし。“お父さんと似た人を選ばなかった”のが、私の父への復讐でした」
それなのに―。
彼女はいま、何でもできる器用で優秀な“自分の父親のような”男を求めている自分に気づく。「笑っちゃいますよね。家を出る口実で結婚したバチが当たっちゃったのかなって悩みました」
ナツコさんは夫への葛藤に苦しみつつ、一つの答えを出した。そして、父親に2度目の手紙を書いた。(次週に続く) |
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