FILE.19 カゴの中の鳥〜15歳年上の夫と
【中編】限界 07.09.25
 カヨコさんは、前後6か月ほどの産休で職場へ復帰。子どもを無認可保育園に入れて働き始めた。
 「ハードな毎日は想像を絶するものでしたよ。生む前から、まあ大変だろうなァみたいな気構えはあったけど、大変どころの騒ぎじゃない。夫がなんの役にも立たないことも大きな計算違いだった」
 勤め帰りに大急ぎで保育園へ向かった。首が座らない乳児を抱えていては、危なくて自転車にも乗れない。子どもをおぶって手には重い買い物袋を抱え、毎日30分ほどの道のりをとぼとぼと歩いて帰った。雨の日はタクシーを待たせたり、拾えなければ傘で子どもだけでも濡らさぬようにと、自分はびしょぬれで帰宅した。

 なのに、夫から「今日は雨だったから大変だったね」の言葉もない。それどころか、夕食の支度中、子どもが泣いてもあやしもせずにテレビを観続ける。子どものミルクと夕食の時間が重なってカヨコさんがミルクの用意をしていても、手も貸さない。自分だけさっさと食事を済ませ、ソファーで寝転がるような夫だった。冷めきったみそ汁、乾いてひからびたごはんを口に運びながら、何度泣きそうになったかわからない。
 はじめは「手伝ってよ」と夫に助けを求めたが、そのたびに返ってくる言葉は同じだった。
「だったら、仕事、やめれば?」
 その決めゼリフを前に、彼女は黙るしかなかった。

 産後復職した妻は、「(夫が)もっと手伝ってくれると思ったのに」とため息をつき、妻が仕事をすることを疎ましく思う夫は、「子どもがいるのに働くなんて」と舌打ちをする。
 こんなはずじゃなかった――。
 違う思いで、でも、同じ言葉。それをお互い抱えたまま、ギスギスした関係になる夫婦は少なくない。カヨコさんたちもそうだった。家のなかを流れるのは乾いた会話と乾いた空気、そして乾いた関係。絶望した気持ちにからだは素直に反応するから、セックスもできなかった。

 「それでも、自分ががんばれば、なんとかなる。子どもだってそのうち大きくなるしって、自分で自分を奮い立たせていたわねえ。若かったしね。けっこうひとりでもがんばれたのよ。でも、やっぱり限界があったわ」

 子どもが、その「限界」に気づかせてくれた。
 職場復帰から1年ほど過ぎたある日の土曜日。夫は休日出勤で不在だったので、カヨコさんはひとりで子どもを公園で遊ばせていた。「そろそろパパが帰ってくるから、帰ろうか」とわが子に声をかけた。でも、砂場遊びが好きな息子は、いやいやをして遊びをやめてくれない。子どもなら当然の反応だ。
「帰ろうよ」
 とんとんと背中をたたいてみた。小さな手でつくり続ける「砂のプリン」がひとつ、ふたつと並べられてゆく。
(ああ。いつの間にか、こうやってかたちのあるものをつくれるようになったんだ)
 子どもの成長を喜びながら、ふと思う。
(私は、成長したのかな)
 気持ちがグラグラ揺れてきた。だが、時計は5時だ。夫が戻ってくる。また、言われるに決まってる。産休中によく言われた、あの言葉。
「今日、何してたの? なんで夕飯ができてないわけ?」
 彼女は幼い息子の腕をぐいっと引っ張った。
「もう、帰るよっ! パパが帰ってきたときにごはんができてないと、ママが怒られるでしょ」
 足元で、息子がつくった砂のプリンが崩れた。

 火がついたように泣き叫ぶ息子を抱きしめながら、泣いた。
 「そのとき気づいたの。パパが帰ってきたときに、こうなってないとママが怒られるでしょ、っていうセリフ、私、もう何度も息子に言ってたんです。そうやっていつもいつも息子をせかしていた。買い物の時も、保育園からの帰り道も。小さな腕をぐいぐい引っ張ってました。もっと道草したい、もっと砂のプリンつくりたい息子の気持ちをいつも振り払ってた。夫のことを気にして。そんな自分の弱さが、いやで、いやで、たまらなかった」
 踏み散らされた砂のプリンを両手で固めなおした。夕日に照らされた砂の上に、涙がぽたぽたこぼれた。
(次週に続く)
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