FILE.2 父親への手紙
【前編】離婚未満 06.10.03
 あーあ、やっぱ頼りないなあ……。ナツコさんは今日も心の中でため息をつく。
 「うちの夫ね、ひと言でいうと、頼りない男なの。いや、能無しとまでは言わないけど、本当に何にもできないんですよ。いやになっちゃう」
 ナツコさんは43歳のメーカー勤務。中学生の息子と娘がいて、仕事をしながらもPTAや地域の子育て支援などにも関わっている活動的な女性だ。夫は3歳年上のサラリーマン。大学時代からの交際期間を含めると、知り合って22年という「古い付き合い」だ。その夫が頼りないと、彼女はぼやいている。
 けれどよくよく聞けば、夫は毎日洗濯当番の役目もきっちりこなすし、日曜日の夕飯は必ず作る。「そろそろ衣替えしなくちゃ」などと目配りもする。共働き家庭の夫としては上等じゃないかと、こちらは思うのだが……。
 「うーん。でもね、こないだ家のパソコンを買いなおして、家族全員が使えるように各自のアドレス取得したり、通信設定とかも替えたんですよ。でも、それ、誰がやったと思います?全部私がやったんですよ。そういえば、プリンター買ったときもそうだったわ。いつもそうなの。パソコンとか機械に弱いんだよね。あと、電球とか取り替えるのも私だし、椅子の修理とかも。大工仕事みたいなこともできないんだよね」
 世に言う「それは男のシゴトでしょ」みたいなものが、夫はどうも苦手らしい。
 「私だってパソコンとか全然詳しくないのに、一人で勉強してずいぶん詳しくなりました。なんかね。よくよく考えると、私ひとりで全部間に合うって言うか。子どもが小さいときは、家事とかよく手伝ってもらったし。それは助かったなって思う。でもね、最近思うの。子どもがだんだん大きくなって手も離れてきたし、そうすると一緒にいる意味ってあるのかな、みたいな。なんていうか、もう異性って思えないっていうか、恋愛感情云々っていう年でもないじゃないですか。趣味も合わないし、あと数年したら結婚解消してもいいんじゃないかって。だから、熟年離婚する人の気持ち、すごくよくわかりますね」
 要するに、ナツコさんと夫は、「一緒に子育てをする同志」としての絆で結ばれていた。それが、子どもが大きくなり手を離れていくとともに、彼女は夫との距離を感じるようになったようだ。

 彼女の感情を勝手に整理すると―。
 嫌いではないけれど、好きでもない。
 すぐに別れたいわけじゃないけれど、ずっと一緒にいたいわけでもない。
 若いころなら「友達以上、恋人未満」という距離に甘酸っぱい感情を覚えたときもあっただろう。けれど今は、いうなれば「子育ての同志、離婚未満。」といった趣だろうか。
 「そうそう。そんな感じです。それに、年を重ねるにつれて、老後までは行かないけれど子どもたちが巣立った後のこととか考えるじゃないですか。私、どう考えても夫と二人で暮らして楽しいのかなって思うわけ。読む本も違うし、なんとなく話も合わない。私は出かけたいほうだけど、夫は筋金入りのインドア派なの。こちらから誘わないと引きこもり状態ですよ。家族旅行だってなんだって常に私が計画立てなくちゃならない。たまにはあんたやってよ、って思っちゃう」

 夫は大学2年で付き合い始めた。両親には内緒だった。なぜなら、ナツコさんの父親は東大卒のエリート官僚。大学を中退し当時で言う「プータロー」だった彼を紹介する勇気がなかった。
 ところが、26歳のときにお見合いさせられそうになり、あわてて「もう7年付き合った彼がいる」と告白。会わせたら「人柄もいいじゃないか」といわれ、あれよあれよという間に結婚が決まってしまった。
 「私も家を出たかったんです。父親が嫌いで憎くて。すごく仲が悪かった。だから、本当に家にいたくなかった。でも、自立する勇気もなかった。母親を悲しませるのも嫌だったし。だから、彼との結婚は渡りに船って感じで、家を出るきっかけにしたかったのかもしれません。それによくよく考えると、夫との結婚は父への復讐みたいなものでした」
 父親に復讐するための結婚―。復讐したいと思いつめるほどの父親への憎しみ。それは、どうやって生まれたのだろうか。(次週に続く)