FILE.18 誰にも言えなかったこと〜この子は誰の子?
【前編】転勤族の妻 07.08.21
 ヒデミさんは38歳。小学6年生に幼稚園児と、8歳離れたふたりの子どもがいる。転勤族の夫と4人暮らしで、最近パート勤めを始めたばかりだ。
「結婚してから、もう5回も引越ししました。何度も環境が変わって本当にしんどかったです。なかなか(もともと暮らしていた)横浜に戻れないから、もうマンションを買おうかと思ってるところなんですよ」
 離婚を考えたことがあるし、浮気もしたことがある――。ということで、話を聞くことになった。夫との仲は修復され、今は幸せな日々を送っている。そのはずなのだが、その割にはなんだか表情が神妙すぎる。重すぎる空気を感じつつ取材をすすめていくと、彼女は額の汗をぬぐいながら、「ふうっ」と小さく深呼吸した。
「うーん、と。私……、今日、誰にも言えなかったことを話しますね。っていうか、あまりにコワイ話なんで引かないでくださいね」
 そう言って、何かを決心したかのように、唇をかみしめてからまた話を始めたのだった。

 結婚以来4回目の転勤のあと、ヒデミさんは離婚を考えるようになった。
 「上の子はまだ小学1年生でやっと学校に慣れてきたかなっていう秋口でした。夫の会社は転勤の内示の前に本人に内々示っていうんですか、打診があるんですよ。家庭の状況とかいろんな理由で断ることもできるんです。夫が『打診があった』っていうから、私は断ってほしいと伝えました。そのとき、実は東北のほうに住んでいたんです。言葉とかなかなかわからないなか、ようやく友だちもできて、なんとか馴染めてきた矢先だったんです。もう数年住んでたんだけど、私、馴染むのにけっこう時間がかかるタイプなんですよ。転勤族だってわかったんだから順応しろよ、って夫は軽く言いますけどね。見ず知らずの土地で人間関係作っていくのって、そんなに簡単なことじゃないんです」

 だが、夫は転勤を断らなかった。「出世に響く」というのが理由だった。
 「ダンナとは、そのときすでに冷え切ってました。上の子がずっとひとりっ子だったのも、私がまったく応じなかったから。転勤が決まった時は、ああ、もうダメだなって思いました」
 ヒデミさんは結婚前、幼稚園の先生をしていた。4年制の大学の児童教育科を出て幼児教育に燃えていた。けれど、友人の紹介で知り合った夫と恋に落ち、結婚後最初の転勤の際、夫についていくために仕事を辞めていた。その後、長男を出産し子育てに追われたが、職場復帰の夢は持ち続けていた。
 「でも、転勤は長くて3年。誰も知らない土地で子どもを預けて働くことは難しかった。何度か住んでいた近くの幼稚園に足を運んだりしましたけど、30歳過ぎてからは幼稚園の先生は難しい。何年くらい(その土地に)いるんですか?って聞かれたら、何も言い返せなくて……」

 何よりつらかったのは、夫が自分の思いを理解してくれなかったことだ。彼女が仕事探しから帰宅すると「転勤族の妻なんて雇ってくれるところなんかないさ。(お金に)困ってるわけじゃないんだからさ」と言うのだった。「お金に困っているから働きたいわけじゃない!」そのひと言が言い返せなかった。
「そうだよね。難しいよね」
 仕事柄、子どもの気持ちを受け止めることを学び実践してきた。目の前の人間が大人であっても、身内の夫であっても、相手の意見をまずは受け止めてしまう。「なんていうか、悲しい性ですよね。『そうだよね』って言いながら落ち込んでいる私の気持ちに、夫は気づかないわけです。朝から夜中まで仕事、仕事で、夫は典型的な会社人間でした。笑って受け答えをするたびに、心の中で、『あんたなんか過労死しちゃえばいい』って夫を毒づいている自分がいました」

 そして、転勤した。引っ越した先は関西方面だった。小学1年生の息子は言葉をからかわれ、不登校になった。離婚を考える暇もなく、子どもの手当てに追われた。だが、幸運にもクラス担任や校長先生に恵まれ、ふた月ほどしたら元気に通うようになった。
 ところが、今度はヒデミさんがうつ病になった。
(次週に続く)
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