無事離婚はできたものの、夫は「よりを戻したい」と、執拗にアユさんと子どもを追いかけてきた。電話番号を何度変更しても、なぜかつきとめて連絡してくる。アパートを替えても、引越しからひと月後には、窓の下に姿があった。3回引っ越した。
生活も一変した。
離婚後すぐにやったのはハウスクリーニングの仕事。作業服を着て、一軒家の清掃をした。少し前は掃除を依頼する側だったが、3人の子どもを抱え文字通り馬車馬のように働いた。汗まみれになって働いても1日5000円。弁当の宅配、ダンプの運転手などいろいろやった。水商売に戻ることを勧める人もいたが、夜子どもをアパートに置いて働きに出ることは抵抗があった。
「子どもたちとの時間は大切にしたかった。それでなくても環境が変わって、3人とも不安定になってましたから。それに、夫がふらっと現れて、子どもを奪って行くのではないかという不安がありました」
蓄えていたお金はあったが、子どもの保育料などでどんどんお金は消えていった。けれど、どんなに苦しくても、定期預金のお金には手を付けなかった。
「いつか絶対、自分の家を持つというのが夢でした。子どもたちには不自由な生活をさせたくない。いつか、自分の力でそれなりの暮らしをさせたいと思ってたし」
あるとき、いろいろ出費があって経済的に追い詰められ、借金ができた。
「私、もち金がマイナスになると、すっごく怖くなるんです」
それで、1週間だけキャバ嬢に戻った。そして、そこで今の夫と知り合った。
「また、(夫がキャバクラの)客なの。笑っちゃうでしょ。でも、すごくいい人だった」
過去を洗いざらい打ち明けた。夫は、3人の子どもたちとともに一緒に住もうと言ってくれた。
今。彼女は穏やかで幸せな日々を過ごしている。家も購入し、新たに始めた輸入雑貨の仕事も順調だ。いつか自分の店を出したいという夢もある。
「今思うと、最初の結婚はおままごとみたいでした。最初の夫も、一度両親が離婚していて、姑は彼の実の母親じゃなかった。私も親の離婚があって、なかなかまっとうに生きられなくて心が空っぽだった。そんなときに出会っちゃった。私はそのときの男から逃れたいっていう気持ちもあって、彼のところに逃げてしまった。
彼との離婚も、彼から私が逃げたように言われてるみたいだけど、私自身は『逃げ』じゃないと思ってます。子どもたちが本当に大事だった。私のように何を信じていいのかわからない人生じゃなくて、ちゃんとした価値観をもってしっかり歩かせたかった。本当に信じあえる家族をつくりたかった」
「何を信じていいのかわからなかった」と話したが、アユさんが唯一信じたのは子どもを慈しむ自分自身だったのではないだろうか。子どもへの愛情。子どもたちを守らなくてはと思うと、どんなにつらくても、からだのどこからかエネルギーが湧いてきた。「ママ、ママ」と慕ってくる子どもたちだけが、信じられる存在だった。
両親の不仲、離婚、ドロップアウト……。宙ぶらりんだった自分の人生の行き先は、「本当に信じあえる家族」だった。そして、それは、子どもたちがアユさんの手を引いて導いてくれたような気がする。
「今思うと、前の夫と別れる時、なんであんなに逆上して暴れちゃったんだろうっておかしくなっちゃう。あんな派手に車破壊しちゃってね」
そう言って、彼女は両手でほっぺをはさんで恥ずかしそうに笑った。けれど、あの破壊は、彼女が自分の手で壊したかった「過去の自分」なのかもしれない。
夫はいい父親だ。ほかの家庭のようにけんかもするけれど、夫には何の不満もない。足が速くスポーツ万能な末っ子は、キャッチボールも逆上がりも、すべて今の夫に教えてもらった。
「おれが運動神経いいのは、パパに似たんだ、って息子が言うでしょ。すると、血のつながらない夫が、その通り!って言うの。おっかしいでしょう」
笑い転げるアユさんの目じりに、涙がにじんだ。(終わり)
8月14日はお休みします。次回の更新は、8月21日です。 |