男の子が生まれた。
3人目の誕生で離婚計画は長期戦になった。いかにストレスフリーな家庭内離婚でも、徐々にアユさんは弱っていった。夫に対する怒りを抑えようとすると、過呼吸の発作が起きるようになった。不眠症にもなった。夫が夜中に帰宅するころになると、頭痛がしてくる。最初から寝ようと子どもと一緒に9時にベッドに入っても、夜中、夫が玄関前の外扉を開ける「パタン」という音で、目が覚めては吐き気に襲われた。心とからだは少しずつ限界に近づいていった。
「お金と証拠は少しずつたまっていきました。でも、自分がすごく弱っている。子どもも3人に増えたし。なので、仲のよい友人たちに少しずつ離婚の意思を伝えて、『いざというときは助けてほしい』と話していました」
子どもの幼稚園のママ友だちから、幼なじみ、キャバ嬢時代の先輩や後輩(ここにもタテの関係がある)と、外堀を固めていった。子どもを家に置いて遊びに行ったりする若いママもいるが、アユさんは子どもの生活リズム、食事、しつけなどに、とても気を使っていた。「アユは本当に子ども命なんだねえ」といわれた。
悲惨な環境のなかでも、一所懸命子育てをするアユさんと子どもの幸せを、みんなが願っていた。
アユさんは末っ子の1歳の誕生日に賭けた。
「この日に、私からけんかをふっかけようと思いました」
誕生日は、餅を踏ませる儀式をする習慣があった。夕方から姑も来ることになっている。朝から彼女は準備に追われていた。「ちょっと、ミルク飲ませておいて」。普段頼みもしないことを夫に頼んだら、まだ眠気の覚めない夫は、「なんで、おれがやらなきゃいけないんだよ!」と怒鳴った。
言い争っている途中で、彼女は過呼吸になり胸を押さえて倒れた。昼はとっくに過ぎていて、おなかをすかせた子どもたちはぐずっている。子どもの分のお弁当をコンビニで買ってきて欲しいと頼んだら、またも、「なんでおれがそんなことしなきゃいけないわけ?」と夫は言い放った。
アユさんは夫の目の前で、友人に自分を病院へ連れて行ってほしいことと、子どもを預かってほしい旨を頼んだ。そして、離婚を切り出した。夫は「いったい、おれが何をしたっていうんだよ!」と、オロオロしている。
「そうだね。何もしてないね。でも、あんたがどんなにひどい夫で、父親なのかは、もうみんな知ってるんだよ」と、彼女は言い捨てた。夫が怒って出て行ってしまった後、友人が到着。その友人が呼んだ別の友人も来て母と子の荷物をまとめ、アユさんがあらかじめ借りてあったアパートへ運んでくれた。
翌々日の昼間。アユさんはひとりで家に戻ってみた。バッグにはデジカメがしのばせてあった。
玄関には女のサンダルと子どもの靴があった。部屋はしんと静まり返っている。彼女は一部屋ずつ見てまわったがいない。まさかと思いながら、自分たちの寝室をのぞいて驚いた。夫は愛人とおぼしきその女と、女の子どもと「川の字」で寝ていた。部屋には「葉っぱ」のにおいが充満している。噂で、夫がクスリの売人をやっていることも聞いていた。彼らはクスリとマリファナのせいで熟睡していた。
「(夫が)ここまで堕ちたか、と思いました。罪を犯しているわけですから、もう絶対に子どもたちの父親にはしておけない。けれど、何より私が頭に来たのは、川の字で寝ていたことです。3人子どもがいても、一度でも子どもと一緒に並んで寝るなんてことはありませんでしたから。しかも、子どもはうちの子の枕に頭を乗せていたんです」
クスリやマリファナよりも、「川の字」に腹が立った。
足元から湧き上がってくるような怒りを抑えながら、薄暗い寝室でデジカメを取り出した。「では、撮らせていただきまーす」とひと言断ってから、デジカメでパシャパシャと3人の寝姿を撮った。枕もとの注射器もしっかと入れた。
「これで別れられる」
悔しさはあったが、寂しいわけじゃない。夫に対する情けない気持ちはとっくに突き抜けている。ひどく痛快な気分だった。なのに、涙がこぼれた。(続く) |