FILE.17 子どもが変えた私の人生
【前編】キャバ嬢 07.07.10
 北国の街で、その名をとどろかすキャバ嬢だった。
 アユさん33歳。ミニスカートに栗色の巻き毛が似合う。どう見ても20代前半にしか見えない。「えーっ!やっぱりそうですかぁ。こないだも自転車屋のオヤジさんに息子の彼女だと思われてたらしくってぇ〜」と無邪気に笑った。
 灰を丁寧に灰皿の隅に寄せながら、ミントグリーンのマニキュアがぬられた指で、煙草を吸う。水滴がしたたるアイスティーのグラスの下に、紙ナプキンをコースター代わりに滑り込ませる(筆者の分まで)。細かい気遣いを見せる彼女は、小学6年生の長男を頭に長女、次男と3人の子どもの母だ。

 父はエリート官僚で裕福な家庭に育った。家族で乗馬に興じるような家だった。小学校受験し、私立大学附属のお嬢様学校へ。だが、「私立の“ごきげんよう”の世界が合わなくて」、中学1年の途中から公立へ編入した。もともと旺盛だった自立心が思春期に爆発。がんじがらめの親の教育に反発するように、グレ始めた。心のよりどころは3歳から始めた乗馬のみ。中学ですでに全国大会に出場するような選手になっていたが、「乗馬クラブ以外では不良」だった。
 「けんかにカツアゲ、ポン引きと何でもやりましたね。お金、なかったから。親とはいつも戦ってたから、小遣いももらえないんですよ。だから、コンビニが自分の冷蔵庫ですよ。おなかが空くとコンビニに行ってました」
 もちろん金は払わない。
 「アタシって小さい時から要領がよくて。ほかの仲間みたく捕まったことはなかったですね」
 そのうち学校にも通わなくなった。
 「でも、3年のときの先生がすっごくいい先生でね。単位とか工面してくれてなんとかそのへんの高校に受からせてくれたの。あの先生には感謝してる。最初に出会った“いい大人”かもしれない」

 けれど、せっかく入った高校はみんな遊んでいる子ばかり。「自分だって遊んできたのに、まわりみて失望しちゃって。みんな何やってんだろう、大丈夫かよって感じで」
 もともと学力は高く、やればできる子だといわれていただけに、レベルの低い授業も友人もつまらない。またもや不登校になり、遊び歩いていたが、母親の勧めもあって山の自然学校に入ることにした。好きな乗馬の練習だけは続けられた。
 「なんとかヨットスクールみたいなのかなって思ったら、全然違ってた。学校に行きながら牛や馬の世話をしたり農業やるわけですよ。最初はそれなりに癒されたんだけど、そこで生まれて初めていじめに遭っちゃって、拒食症になっちゃった」
 ある日、連休の休暇で面会に来た母親が、やせてやつれた娘の姿にショックを受け、連れもどされてしまった。山の生活は半年で終わった。舞い戻った家庭も荒れ果てていて、両親は離婚するという。母親とも父親とも暮らさず、ひとりで生活する道を選んだ。乗馬もやめた。

 「そこからはもう、アウトサイダーの青少年ですよ。18歳からキャバ嬢になりました」
 自立した最初こそウエートレスをしていたが、知り合って同棲を始めた男性が、「アッチの世界の人」。働いても、働いても、お金は足らなかった。そのうち、昼間はウエートレス、夜はキャバクラ勤めをするようになった。収入は月に200万〜250万。一気に大金を手にする生活になり、金銭感覚は狂っていった。
「夕方、出勤する時に、指輪とかピアスをつけ忘れちゃったりするじゃないですか。そうすると、しょうがないなあって、街で10万とか20万のを買っちゃったりする。そんな生活でした」
 それでも、男からは金をせびられた。だが、「逃げたら殺す」と脅され、別れたくても別れられない。そんな日々から救い出してくれたのが、勤める店の常連客の資産家の男性だった。レストランや飲食店を数多く経営し資産は40億あるという。逃走資金にしろと300万をキャッシュでよこした。
(次週に続く)
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