FILE.16 格差婚
【後編】愛情の格差 07.07.03
 帰りは、父親のお抱え運転手が最寄の駅まで送ってくれた。車を降りてから、マックの喫煙階に直行。彼には内緒にし続けているタバコを、3本立て続けに吸った。携帯で女友達に電話をかけ、一部始終を話して聞かせた。
 「どう思う? この状況、ヤバくない? 格差ありすぎだよ」とため息をついた。ひと通り聞いた女友達はキッパリ言った。
「彼に正直に話すしかないんじゃないの? あまりの家柄の違いにあんたがドン引きしてるってことをさ。で、自分ちはこうですよって、祖父はステテコに腹巻姿ですがって。ぷぷぷぷ」。  笑いをこらえながら話す友人に腹を立てながら、イクコさんは彼女の意見はもっともだと思った。
 数少ない既婚者の友人は、さらに厳しかった。
「もっと自分をさらけ出したほうがいい」「本音も言えなくて夫婦になれるの?」「っていうかァ、本当に彼のことを愛してるかが一番の問題じゃないの?」

 イクコさんは考えあぐんだ。よくよく考えると、彼とのことで我慢していることが多かった。単調なセックスは不満だったが、大胆に振舞うとフラれそうな気がして、ついおとなしくしている自分がいた。「会社じゃ上司にバンバン意見を言うのに、ベッドじゃかわいくなるね。そこが好きだよ」と彼に言われたからだ。
 彼と会うことが憂うつになった。

 そこで、彼に打ち明けた。彼女のアパートで、いつも常備している1カートンのタバコと灰皿を見せた。正月にクリーニング屋の前で一家で撮った写真も見せた。冬なので祖父がステテコ姿でないのが救いだったが、兄はこげ茶色のどてらである。
 彼は無言で、写真をテーブルの上に置いた。
 「君のご実家がどうだろうと、君と僕との結婚には関係ないよ。タバコはそのうちやめてほしいとは思うけどね」と言って、彼女を抱き寄せた。彼女はすっかり安心し、「努力するね」とつぶやいた。
「流れに任せよう。マイナス面ばかり考えていても仕方ない。結婚は勢いが大事って言うじゃんって自分に言い聞かせてました。それに、ゆくゆくはあのくらいの家に住めちゃうのかなァって考えたら、ちょっとワクワクしてきました」

 1時間後。彼女のシングルベッドの上で、彼は下着をつけ靴下を履いていた。(靴下は最後に履いて欲しい)といつも思う。
 セックスのことも言い出せなかった。でも、結婚してからでいっか。今は言えないなあ、そのうち言えるかなあ。と思う。すると、彼が話し始めた。
 「イクコ、ママがね、イクコも来年30歳だからさ、そろそろ子どものこととか考えてコトブキ退社にしてはどう?って。ぼくらのマンションも、すぐ用意してくれるそうだからさ。別にほかのやつらみたく、無理に共働きしなくてもいいんだよ」
 それまでの「おふくろ」が、なぜか「ママ」になっている。いや、それよりも「結婚してもイクコのキャリア優先で」の約束はどうなったの? 私は「ほかのやつら」でいい! そっちを選びたいんだよ!
 初めての大きなけんか。そして、結局、別れた。

 「別れた原因は、格差婚だからじゃない。やっぱり愛情がなかったんですよ。自分たちでは、それぞれ相手に対して愛情があると思い込んでいたけれど、実際はそこに格差があっただけの話です。あのままいって(結婚して)たら、けっこう大変なことになったと思います」
 それに、別れたあとで彼が共通の友人に「イクコって焼き鳥とかが好きでね。庶民派なんだよね。僕なんかはああいう店、衛生的にどうよって思うんだよね」と言ったそうだ。
 イクコさんは「ま、お互い無理してた、ってことでいいんじゃないですか」と、サバサバした表情を見せた。
 今は結婚を考えている新しい彼がいる。実家にも連れて行ったが、父や兄と意気投合し飲んでいた。夫婦で一緒に働いて、郊外に戸建てを持つのが夢。それこそ本当に自分の望む人生だと、イクコさんは思っている。
(終わり)
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