FILE.1 最後の電話
【完結編】母の笑顔 06.09.26
 弟の声が、遠くに感じた。
 「お袋、死んじゃったよ」
 沈黙が流れた。なぜ?とか、どうして?とか、尋ねるのが普通だろうが、リョウコさんはすべてを悟っていた。弟も何も言わなかった。通夜と告別式のおおよその予定だけを告げ「帰ってくるよな」とすがるような声で言った。
リョウコさんは、マンションの部屋がぐるぐる回っているような錯覚を覚えた。自分の胸の鼓動が聞こえたような気がした。「母は自分で死んだんだ、自殺なんだってすぐにわかりました」

 何が起こったの?私のせい?心の中で自問自答しているうちに、ひと月前の母との「最後の電話」が脳裏によみがえってきた。
 「でも、何もかも、お母さんのせいでしょう。お父さんが酒びたりになったのも、あの子(弟)の家庭があんなふうなのも、お母さんのせいじゃないの?!」
こうも言った。「口のきき方がきつ過ぎるんだよ」と。
 「母は泣いてました。泣き声しか聞こえませんでした。父とけんかして泣いたことはあったけど、私に対してあの母が何も言い返さず、泣くなんてありえなかったことでした。一度も反発したことのいない私に言われて、ショックだったんだろうと思います」
 母親は夜中に自室の鴨居に着物の紐をつるし、首をつっていた。遺書はなかった。彼女は、唇をかみしめて声を絞り出した。「母が死んだのは私のせいですよね……」

  通夜も、告別式も、あわただしく過ぎた。ほとんど憶えていない。頭に残るのは「母親の骨の一つひとつが、意外に小さかった」ことだけだ。電話のことは、父親にも弟にも話さず、告別式を終え実家から戻った夜に夫にだけ告げた。夫は「おまえのせいじゃない。誰のせいでもないんだよ」といって、リョウコさんの肩を抱いた。肩をさすってくれた。「もう、いいよ。もう、終わったんだ」さする夫の手が、自分に語りかけているような気がした。

  不思議だ。亡くなってから、母親と向き合えるようになった。
「母が亡くなる前は、母のことを極力思い出さないようにしていたから、電話をするとき以外、母のことを考えることなんてありませんでした。でも、死んでしまってからは、よく母のことを考えます」
 近頃は、自分は母親と似ているとさえ思う。
 リョウコさんの夫は、土日も関係なく出勤するような状態でとにかく忙しい。そんな仕事優先の夫を、心の中で疎ましく感じることもある。仕事を持ちながら家事も育児も一人でこなす彼女は、精神的につらくなるとつい子どもに当たってしまう。そのたびに「ああ、これじゃあ、お母さんと一緒じゃん」と思う。そのうえ、長男は、幼い頃の自分とそっくりだ。「いつもいい子でどこか我慢をしている子なんです。下の子が自由奔放に振舞うぶん、彼はとっても我慢していて、どこか、大人っぽいんです。小さい頃から、抱っこ!って甘えてきたりしない。私が手を広げて、おいでって言っても来ない子なんです」

  育てられたように、育てる。幼いときに親からされたことは、しっかりと「刷り込まれて」いて、自分が子育てをするときに気づく。彼女は母の死後、そのことを痛切に感じる。
 長男を自分のようにはしたくないと思うばかり、なるべくけなさないよう言葉に気をつけている。そのためよけい態度がぎこちなくなる。「私の母と同じで、私も褒めるのが下手なんですよね。長男が何か手伝ってくれても素直にありがとうって言えないし」とため息をつく。自分も母親に「ありがとう」は言ってもらえなかった。自分が親から「されたことのないこと」を「する」ことは、実は難しいことなのだ。
 けれど、自分の夫は根っから明るい性格のため、リョウコさんに対してはどこか心を開かないように見える長男も父親とはよく話し甘えているという。「最近、わかってきました。私は夫にいろいろ文句もあるけれど、なんだかんだ言っても夫に救われている。でも、母の夫、私の父は、私の夫とは違っていた。母は誰にも救ってもらえなかった、実は可哀想な人だったんだなって。世間は“親というものは子どもを愛するもんだ”って考えてますよね。私もそう思ってました。でも、いろんな背景があって、愛せない親もいるんですよね。母に死なれて、気づいたことです」

  母親の死後、リョウコさんの「家族」も変わった。まったく音信不通だった弟と連絡を取り合うようになった。そして今、2週間に一度、彼女は父親に電話をしている。「一人暮らしなので、無事を確認しているっていうか、そんな感じですね」と少し照れくさそうに言う。電話は子どもにかけさせる。
 「おじいちゃん、元気?」
 子どもたちの弾む声を聞いていると、父親とようやく家族になれたような気がするという。「皮肉なもので、母がいなくなったことで、私と弟と父は家族の時間をやり直しているような気がします」夫に対しても、あらためて感謝の気持ちがわいたという。

  母との最後の電話は、どんなに悔やんでも悔やみきれない。けれど、底知れない悔いに苦しむ自分の隣で、ようやく母親と向き合えるようになった悦びにひたるもう一人の自分がいることにも気づく。
 今頃になって、なぜか母親の夢をみる。
 夢の中の母親は笑っている。少しはにかんだような、照れくさそうな微笑み。
幼い頃、望んでも、望んでも得られなかった母親の笑顔に、彼女はようやく出会ったのだ。(終わり)