FILE.13 取材エピソード「女の嘘」その1
07.06.05
 連載を続けていると、さまざまな感想をいただく。「次はどうなるのかしらって、ハラハラします」「登場する女性たちに、なんとなく勇気づけられます」「みんな、大変なんだなって思います」
 多くはシリアスな離婚の話、センシティブな夫婦の話。普通なら他人に打ち明けたくないようなことにも話が及ぶ。話しながら涙をぬぐう人も少なくない。けれど、時々はあっけらかんとした女性の図太さを見つけることもある。今回は、そんな取材中のこぼれ話を少しばかり書かせてほしい。

 男性は嘘をつく。借金、浮気、仕事のこと。そして、たいがいバレる。でも、女性も小さな嘘をついている。きっと読者のみなさんにも身に覚えがあるでしょう。

 結婚生活3年。夫婦仲が乾いていたある女性。夫の帰りは遅く、セックスレスだった。会話も乏しい。「自分は何のために結婚したんだろう」と、離婚も考え始めていた。うつうつしていても始まらない。とりあえず外に出ようと派遣で働き始めた。
 よく気がつき、労をいとわず働く彼女に、派遣先の上司はやさしくしてくれた。上司にコーヒーをついでもらった篠原涼子が「ぐっときた……」とハートを射抜かれてしまうCMがある。あれと同じことがよくあったそうだ。その上司は営業からの帰りなどに、派遣の彼女に缶コーヒーを買ってきてくれた。
 「私、缶コーヒーって好きじゃないんです。でも、気持ちがうれしくて、いつも喜んでいただいていました」

 でも、その上司は自分が缶コーヒーが好きだった。「家で飲めばいい」とどっさり買ってきた。そのうちに食事に誘われた。帰ってもどうせ夫はいない。1軒、2軒とよく飲み歩いた。そのうちに関係ができた。「そんなにタイプっていうわけじゃないんだけど、ついていちゃった(笑)。男の人にやさしくされるなんて、主婦の生活の中にはないじゃないですか。それで、つい……」
 ホテルから帰るときはシャワーは浴びない。せっけんの匂いで浮気がバレたという男性の話を週刊誌で読んだことがあったからだ。「でも、そのまま帰るのって、なんとなく気持ち悪いでしょう?」とこちらに同意を求める。“いや、普通シャワー浴びるでしょう”、とも言えないので、こちらは適当にあいづち。
「だから私、お湯で絞ったタオルで、からだを拭くだけにしてたの。拭いてると、子どものころにおじいちゃんと一緒にやった乾布摩擦を思い出しちゃって」と笑った。

 ある日、その乾布摩擦をして帰宅したら、夫のほうが先に帰宅していた。だが、こういうときに「アラ、今日は早いのね」などと慌ててはいけない(それも週刊誌に書いてあった)。何食わぬ顔で「ただいま〜」と家に入り、「あ〜、疲れた」と小さくつぶやき、バスルームへ向かった。その間も、彼女は、夫の表情や雰囲気をつぶさに分析していた。夫は缶ビールを開けてテレビのニュースを観ている。何も疑っていないようだった。
 ところが、そのあとバスルームに夫が入ってきた。新婚期間以来、まずないことだった。
 だが、そうなっても彼女は慌てない。バスタオルをからだに巻きつけ、「あら、どうしたの? 今日、あなたヘンじゃない?」と声をかけ、夫と入れ替わりで出ようとしたら腕をぐいっとつかまれた。
 「もう、そのあとは夫の餌食ですよ。1時間半くらい前におんなじことが終わったばかりだったのに(またかよ)と思ったけど、仕方ないじゃないですか。しかも、からだがまだやわらかいっていうか……。え? ウオーミングアップ? そうそう、ウオーミングアップできてるからすんなりって感じで」

 その夜以来、夫は早く帰宅するようになった。気味が悪かった。浮気がバレたのかも、と思った。だが、夫は何も言わない。「共働きになったんだし」とごみ出しをするなど、一切やらなかった家事を手伝うようになった。ただゴロゴロしているだけだった休みの日に、ドライブに行こうと誘ったりするようになった。
 少し遠出した日。パーキングエリアで夫が缶コーヒーを買ってきてくれた。彼女は思わず「あたし、缶コーヒー嫌いじゃん。知らなかったっけ?」と言った。夫は「あれ? そうだっけ? じゃあ、おれが飲むわ。じゃあ、何がいい?」という。緑茶を買ってきてもらった。
 「一瞬、またまた“バレちゃった?”って思ったけど、そんな感じじゃないんです。まあ、たまたまだったんですね。でも、ああ、やっぱダンナのほうが本音で付き合えるよなって思いました」

 結局、その後しばらくして派遣先を替わったため、缶コーヒーの上司とは自然消滅。夫との距離は縮まり、その後子どもにも恵まれた。
 「あの離婚を考えていた日々はなんだったんだろうって、今は思います。浮気をしたのはちょっと悪かったかなって思うけど、私のことほったらかしにしたのはパパ(夫)のほうだもん。それよりか、どうして夫が突然求めてきたのかなって、今も不思議です。聞いてみようかなって思うけど、(夫は)もともと口が重い人だし、そういう話にはならないですね。今ですか? 離婚しなくてよかったって思いますよ〜。無口なんで今もちょっと閉口することはありますけど、まあ特に問題はないかな」
 こうやって離婚を回避した女性もいるのだ。
 派遣は今も続けている。若々しく美人の彼女に第二の缶コーヒー上司がいてもおかしくないのだが、今は自粛している。「なんか、パパに悪いっていうより子どもに悪いって思っちゃう。(子どもが)男の子だからよけいにそう思うのかも」
 もう何年も缶コーヒーには口をつけていない。
(終わり)
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