FILE.10 産みたくない私
【中編】母親似 07.03.20
 結婚して家を出たサトミさんは、ほっとしていた。もう二度とあの過保護な母親にわずらわされなくて済む――そう思っていたからだ。家にいたころは、男性と外出すれば1分ごとにかかってきた電話に苦しめられた。遊びに来た友人はたびたび母親につかまり、「うちの娘、いまどんなことしてるの?」と聞かれ困っていた。
 「お見合いも私は嫌がっているのに何度も勧められて、本当に嫌だった。母とはしょっちゅうけんかばかりしていたので、友だちからは『あんたは一生反抗期だわ』って言われました。そばにいなければ干渉されることもないし、反抗もしなくて済む。よけいなエネルギーを使わなくて済む。母親がいないのって、なんて快適だろうって思いましたね」。
 相手の両親の都合で入籍してから遅めの披露宴を開いたが、数々の準備のなかで一番苦しんだのが両親への花束贈呈だった。
 「花束贈呈のときに、花嫁さんは両親への作文を書いて読むのが決まりらしいんです。本番までに書いてくださいって式場の人に言われて。そこで、毎晩原稿用紙に向かって親への手紙を書いたのですが、まったく感謝の言葉が思い浮かばない。特に母親とのいい思い出なんてまったくないんです。それでも決まりだから書かなきゃねって書き始めたんですが……」。
 書き連ねるうちに、母親へのうらみつらみを書きなぐっている自分がいた。
 「何度書いても同じなんです。今まで育ててくれてありがとう、なんて書けない。普通は『産んでくれてありがとう』なんて書きますよね。でも、私は母に対して、そんなんだったら産んでくれなきゃよかったのに、ってずっと思っていましたから。どうしてもうまく書けませんでした」。
 夫にこころの内を話すと、「だったらやめたら。無理に書いても仕方ないし」とアッサリ言われた。結局、花束は渡したものの、花嫁の作文はなし。花束贈呈の際、ほとんどの場合花嫁は号泣するものだが、サトミさんは淡々としていた。披露宴に招かれた古くからの友人たちは「お嫁に行くまで反抗期だったね」と小声で噂した、と後で聞かされた。

 ところが、結婚生活を重ねるうちに、サトミさんはあることに気づいた。
 「言いたくないんだけど、言いますね。私、実は母親に似ているんですよ。しかも、私自身が母に対してすごく嫌だと思っている部分が似ている。性格とか振る舞いとかが。結婚して母と離れてから、それに気づいたんです。愕然としましたね」。
 たとえば、夫があやまってコップの水をこぼしたとする。そうすると、サトミさんは「どうして気をつけないの? お箸もって物を取ろうとするからコップを倒すんでしょう。何度言ったらわかるの?」と強い調子で言ってしまうという。しかも、夫のそういうちょっとした不注意が許せなくて、3日間くらい何度も小言を重ねてしまう。夫はそのしつこさに閉口し、そのうち怒り出す。どこの夫婦でも似たようなものかもしれないが、そんな些細なことで、1週間も2週間もお互い口をきかないような大ゲンカに発展してしまうこともあった。
 「それに、夫とケンカしたり、ちょっとしたことで機嫌が悪くなると、ドアをバタン!と閉めたりね。それも、私がいつも母親にやられてムカッときた行為なんです。私が母親のすることがいかに嫌なのかを説明している途中で、母は自分の言い返す言葉がなくなるとドアをバン!と閉めていなくなっちゃう。ホント頭にきましたね。でも、気がつくと、自分も今同じことをしてるんですよ。そのことに気づくたびに自己嫌悪に陥ります」。
 結婚して家を出て、飛行機に乗らなくては会えないほど離れていても、彼女は母親の呪縛から逃れられない。もしかしたら、実家で一緒に住んでいたころよりも母親を意識している自分がいる。そのことにサトミさんは苦しんでいるのだ。
 いつだったか、夫婦げんかの果てに、夫から「あんなに嫌っているのに、実は母親似だよね」といわれた。「その通り、っていうしかなかったです。でも、なかなか改められないんですよね。嫌になっちゃう。こういうのって、どうしてなんでしょうか」。そう言って彼女はうなだれた。
 恐らく母親の姿を見て育った彼女のなかに、知らず知らずのうちに母親の行動パターンがいくつも刷り込まれてしまったのだろう。そして、この「刷り込み」というものの恐さを思い知ったサトミさんは、あることを決意した。
 その日から、サトミさん夫婦の葛藤が始まった。(続く)