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FILE.9 絆
【後編】これから 07.03.06 |
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「あの人かもしれない」。夫が娘を取り返しにきたのかもしれないと、こずえさんは思った。心臓がドキドキした。
(絶対渡すもんか。私がしっかりしなくては)
自分自身に言い聞かせながら、チェーンをかけたドアの隙間から、恐る恐る外をのぞいてみた。
「どちらさまでしょうか」
返ってきたのは若い女性の声だった。
「お花をお届けにあがりました」
拍子抜けした。チェーンを外して出てみると、顔の前にすっとチューリップの鉢植えが差し出された。
「えっ?なんですか?」。エプロンをした生花店の女性は、「お祝いのお花です。受け取りのサインをお願いします」と言った。女性の白い息の向こうで、ピンクのチューリップのつぼみが揺れていた。
こずえさんの背後で息をひそめて立っていた子どもたちが、飛び出してきた。「わーい!わーい!チューリップだあ」。裁判を、自分の気持ちを、ずっと支えてくれたママ友だちからのお祝いだった。
「この日はもう、さんざん泣いたはずだったのに、また涙が出てきてしかたありませんでした。私はひとりじゃなかった。仲間がいたから娘を取り戻せたのだと思います。息子が保育園にいたときの仲間、息子が小学校で一緒のクラスになって親しくなったお母さんたち、学童保育のお母さんやお父さんたち。本当にみんないい人ばかりで……。私は人に恵まれたって思っています」。
こずえさんが言うように、彼女は人に恵まれたのだろう。けれど、彼女の真面目で明るい人柄や行動が、周囲の人の気持ちを動かしたことも確かだろう。仕事をもち、度重なる裁判のプレッシャーと戦いながら、学校の行事や親たちが出て行かなくてはならないボランティア的な活動にも参加した。学童保育の保護者会の役員も務めた。共働きの母親同士で子どもを預かりあった。そうやってつむいできた仲間との絆が彼女を支えてくれた。
チューリップの鉢植えがやってきた後、彼女の携帯には仲間からのメールがひっきりなしに届いた。
その後、娘が戻ってきてからの1週間は、これまでの人生でもっともあわただしい日々だった。離婚の成立、子どもたちの親権の獲得とともに、こずえさんは新たな戸籍を作った。住民票の異動、転校手続きに学童の入所手続き、勤める会社での扶養家族の手続き、裁判の後処理。右手が痛くなるほど、連日さまざまな書類を書き続けた。すべての書類の世帯主の欄は自分の名前だ。
「なんだか、あの、不思議な気持ちでしたね。うまい言葉が見つからないんだけど、本当に感慨深かったです。ああ、私の家族だって思いました」。
娘は、夫のもとで通っていた小学校の校長先生がすぐに転校手続きをしてくれたおかげで、数日後に息子と同じ小学校に通えるようになった。
「あの校長先生は、本当にいい方で……。きっと、その場で転校手続きをするのを拒む校長もいると思うんです。夫側の了承がなくては手続きできないと断ることもできたと思います。でも、その日の裁判で、親権、養育権が私になったということを最大限に尊重してくれたんですね」。
校長先生は恐らく、こずえさんの娘が、母親を求めていることを日常の子どもの様子から十分察していたのだろう。そして、ひとりの女性、母親として、こずえさんを応援する気持ちもきっとあったに違いなかった。
そして、今。ランドセル一個で戻ってきた娘も、兄の洋服や「いつか戻ってきたら」と希望を捨てずにとっておいた衣類でなんとか間に合っている。二人で仲良く同じ小学校に通ってはいるが、息子は多少不安定になった。およそ4年もの間、母親をひとりじめしてきた暮らしが一変したのだから無理もない。ひどく甘えて、赤ちゃん返りのような様子が見られる。ただし、一方の娘は新しい環境にもすぐになじみ元気いっぱいだ。
「ずっとひとりっ子のように育ってきたのに、やっぱり2番目(きょうだいの)キャラなんですね(笑)。きょうだいげんかの時もうまく立ち回るし、自分のアピールのしかたを知ってますね」
ようやく訪れた、母と子の平穏な時間。
「でも、これからが大変だと思います。子ども二人を育て上げなくちゃいけませんから、仕事も本腰を入れてやらなきゃって思います。今はパートだけど、正社員になれるようにがんばらなくては。今までは裁判のことで精一杯だったけど、もう一度、自分がやれること、やりたいことを整理して仕事のことを考えようと思います。養育費のこともこれから交渉しなくちゃいけないし。これから、またいろんなことと戦わなきゃって感じですね」。
そう言って、こずえさんは表情を引き締めた。
彼女自身のルネッサンスは、始まったばかりなのだ。(終わり) |
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