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FILE.9 絆
【中編】帰ってきた娘 07.02.27 |
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「わたし、お母さんと一緒に帰る。一緒に住みたい」。
体がぶるぶる震えた。こずえさんの津波のような大きな不安が、一瞬で喜びに変わった。
「うん、うん、一緒に……帰ろ。ありがとう……」。
娘になにか、言いたかった。「ありがとう」。この言葉以外、なにも出てこなかった。 3年間、この子がひとりでどんなに不安だったか。父から、祖母から、「あなたのお母さんはあなたを捨てたのよ。鬼のようなお母さんだよ」といわれて育ったはずだ。小さいこころをどんなに痛めたことだろう。どんなに混乱しただろう。それなのに、この子は自分を愛し続けてくれたのだ。
「本当によく言ってくれたと思います。3年以上、離れ離れになっていたのに。面会で会っても、父親と一緒なのでいつも顔がこわばってて……。ただ、いつも別れるときは思い切り抱きしめて、『お母さんはいつもあなたのこと、思ってるよ。忘れたことないからね。大好きだよ』って、言い続けていました。本当に、それだけしかできなかったのに。あの子は……」。
面会は数か月に一度だった。裁判がこじれた時期は、半年近く会えなかったこともある。忘れられてしまうのではと不安で仕方なかった。幼稚園の参観日に行き顔を見せると、娘は目を輝かせて振り向いてくれた。けれど、教室に姑が現れると、またたく間に表情が暗くなった。「お母さん、おばあちゃんが来たよ!」と小声で訴え、自分から離れていったものだ。娘は、小さいながら大人たちの確執を感じ取りつつ、母親の愛情を全身で受け止めていた。過ごす時間は途切れ途切れの“点”でしかなかったのに、母と子は固く太い絆という名の鎖でつながれていたのだ。
「お母さん」。
そばにいた校長先生が、こずえさんの肩に手を乗せた。まっすぐな目で「今日、連れて行かれてもよろしいですよ」と言った。子ども自身の意思が確かめられさえすれば、立ち会った姑がどんなに抵抗しようが、こずえさんは娘を連れて行くことができる。そのことは校長に伝えてあった。
「お母さん、すぐに転校手続きをしますね。大丈夫ですよ。すぐやりますから」。
校長先生は目頭を押さえながらこずえさんに言った。
それからは、あっという間だった。
校長が娘の転校手続きの書類を作成している間に、息子とこずえさんの母親が学校に到着した。娘の持ち物を整理しまとめた。担任にあわただしくあいさつを済ませた。こずえさん親子をにらみつけるようにたたずむ姑の前を、娘の手をしっかとつないで無言で通り過ぎ校門に向かった。駅についても、電車に乗っても、姑が、どこからか現れた夫が、後を追ってきているのではないかと足が震えた。後ろを振り向くのも恐かった。
母親が息子を、自分は娘の手をひいて、駅からアパートまでの道を歩いた。今思えば、緊張していたのだろう。娘から何度もいわれた。「お母さん、(つないだ)もう少し、手の力抜いてよ〜」。
近くのそば屋で食事をとり、アパートに着いた。娘は、部屋に入るなり、息子と遊び始めた。ごく自然に、そこに溶けこんでいる。部屋にはこずえさんの両親が早々と運び込んだ娘の学習机が兄の机と一緒に並んでいる。「わーい!わたしの机だ!」。娘は大喜びで教科書やノートを本棚に並べ始めた。長男がそれを手伝っている。なんだか最初から一緒に住んでいたような、兄妹の自然な姿だった。
寝間の支度をするこずえさんの手が何度も止まった。つい、子どもたちを見てしまった。
「娘がうちいるんだって思うと、本当に不思議で不思議で。この4年間はなんだったんだろうって思いました。あれだけ待って、待って、待ったのに……。帰ってくると、なんだか本当にあっけなくて」。
喜びに浸っていたその時、玄関のベルが鳴った。
こずえさんはとっさに母親のほうを見た。風呂から上がった娘の髪を拭いていた母親の肩が、ピクッと揺れた。(続く) |
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