FILE.9 絆
【前編】上告棄却 07.02.20
――読者のみなさんからの関心が高い、こずえさんの離婚と養育権をめぐる戦い(Ver.1のFILE.7FILE.20)は、今年1月9日更新のVer.2、FILE.6『4年目の逆転勝訴』でその後をご報告しましたが、さらにその後、母子はどうなったのでしょうか。FILE.9『絆』と題して、お伝えします――
 母ひとり子ひとりの夫のもとへ嫁いだものの、DVなどが原因で夫と別居していたこずえさんは、離婚しようとした矢先に下の子(娘)を夫にさらわれてしまった。それから4年たち、養育権については、高裁で逆転勝訴した。だが、夫は弁護士をふたりも増やして上告してきた。裁判所が夫側の上告を認めれば、最高裁で争うことになる。
 先ごろ、その上告を認めるかどうかの審判がくだった。

 勤務先に電話がかかってきた。「こずえさーん、電話よ」。同僚の呼びかけに彼女は緊張した。だれからの電話なのかはわかっている。弁護士だ。おそるおそる受話器をとった。
 弁護士の声が飛び込んできた。「上告は取り下げられたわ。あなた、勝ったのよ。すぐに、(娘のいる)小学校へ行ったほうがいいわ」。
 涙があふれてきた。「ありがとうございます。ありがとうございます……」。何度も繰り返した。だが、数々の修羅場をくぐってきた弁護士はさすがに落ち着いてた。「まだ、これからよ。本当に手元に戻ってくるまで安心できませんよ。しっかりしてね」といわれた。
 上司に説明して、早退させてもらった。まず、母親に電話した。娘の祖母である母親は泣いて声にならない。「すぐ小学校へ行くから、あの子を早退させて連れてきて!」と頼んだ。長男と一緒に小学校へ行こうと思ったのだ。
「娘に会えば、絶対すぐにつれて帰りたくなると思ったんです。でも、私がひとりで一緒に帰ろうと言っても、娘はついてくるだろうかと不安でした。数か月に一度面会して2〜3時間会っていただけで、もう4年近く一緒に暮らしていないのですから。でも、大好きな兄と一緒なら、もしかしたら来てくれるんじゃないかって考えたんです」。

 けれど、母親の家、彼女の実家は、息子の通う小学校から遠い。母親が小学校まで行ってから移動していては、まだ低学年で授業が午前中で終わってしまう娘と会えないかもしれない。なので、最寄の駅まで誰かに連れてきてもらわなくてはならなかった。
 こずえさんは、ママ友だちに電話をかけた。ふたりほど仲のよい友人はともに在宅仕事だ。つかまる可能性は高い。ところが、ふたりともその日はあいにく外出していた。もう時間がない。息子のクラスの友だちの家庭のいくつかにかけたら、ようやくつながった。
 その人はこずえさんの事情など何も知らない。だが、長々と説明している状況ではなかった。「後で説明するからお願いします!」と頼み込んだ。こずえさんの鬼気迫る声に、事情を知らないその人も、事の重大さを実感したらしい。
「いいわ。駅に連れて行けばいいのね」。そういって引き受けてくれた。
 こずえさんが娘の通う小学校に行く間に、次々と友人からメールが入った。迎えを頼んだ人にいきさつをメールで説明してくれた友人もいた。「そんなことなら喜んで引き受けますってメールが返ってきたよ。心配しないでいっておいで!」。ありがたかった。

 小学校に到着したとき、子どもたちは帰りの会の最中だった。校長先生や担任に説明し、娘と話をさせてもらった。そのうち、夫の母、姑が学校に現れた。「私たちはまだ心の準備ができていない。きょう連れて行かれるのは困ります」と、姑は、こずえさんのほうを見ながら校長に言った。だが、彼女は必死だった。
 姑を半ば無視して、校長室で娘に会った。「どうしたの? 参観日でもないのにー」と娘はいぶかしげに聞いてきた。だが、その表情は自分に会えた喜びでいっぱいのようだった。時計を見た。そろそろ息子と母親が到着するころだ。息子にはここにいて欲しかったが、間に合わなそうだ。校長先生は心配そうに横で見守っている。
(どうしよう……)
 迷ったけれど、こずえさんは自分の気持ちを伝えることにした。

 「あのね。お父さんとお母さん、離婚することになったの。今日、決まったの。それでね、あなたはお母さんと暮らすことになったの。お兄ちゃんも待ってるよ。お兄ちゃんとお母さんと一緒に暮らして、お兄ちゃんと同じ小学校に通うんだよ。だから……お母さん、今日、一緒に……来てほし……の」。
 最後は言葉にならなかった。娘を動揺させてはいけない。だから、泣いてはいけない。そう思いつつ、涙があふれて止まらない。
 お母さんと一緒に行くのはいや――。もし、そういわれたら、どうしよう。経験したことのない大きな不安が押し寄せた。昼休みで校内が徐々に騒がしくなっていくなか、自分の心臓の音がドクドク響いた。
 下を向いて彼女の話を聞いていた娘が、顔をあげて口を開いた。(続く)