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FILE.7 ファザー・コンプレックス
【後編】マリッジ・ブルー 07.01.30 |
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中絶から1年後、ユイさんは彼との結婚を決意した。異動で運よく部署が分かれたため、結婚しても周りに気を使わせることはないと判断したからだ。
「私も29歳だったし、30歳になる前に結婚っていう、なんとなく目に見えないデッドラインがあったように思います。中絶のことですか? う〜ん、それは心の底にありましたけど、それだけで結婚したわけじゃないです。彼と過ごした時間は楽しかったし、何よりも仕事は続けていいよと言ってくれたのが、結婚を決断した大きな理由になったと思います。これからもっとキャリアを積みたい自分には、最適なパートナーだと思いました」。
彼女のなかで、最適なパートナーは、イコール「女性を対等に扱ってくれる男性」でなければならなかった。仕事も、家事も、生活上のさまざまな選択や決定を、対等な立場でやっていける男性を彼女は強く望んでいた。
その根底には、父親の影があった。幼いころから見つめてきた両親の夫婦関係が、強く影響していたのだ。
「父は母に自分の足の爪を切らせるような人でした。水虫の薬とかも母にぬらせてましたよ。もう、その姿を見るのが大っきらいで。昔でいう亭主関白ていうんですか? すごく威張っていて。二人とも同じ高卒で、父がなにかに秀でていたわけでもないのに。
私からみると、男だというだけで生活のすべての苦労を母に押し付けているように見えたんです。それなのに母は、お父さんはたくさん本を読んでいて教養のある人だから、なんて言って上に置こうとする。
でも、大人になるにつれて気づきますよね。自分の親がどれほどの人間かを。父親が蔵書だとか言って並べていた本は、ほとんど読んでなくて飾り物でした。単におしゃべりで弁が立つだけで、母はごまかされてたんですよ。だから、私は自分でも気がつかないうちに、自分が主導権を握れる男性を求めていたんだと思います」。
1歳年下のユイさんの彼は、何事も彼女の意見を優先してくれた。クリスマスをどう過ごすか、休みをどうとるか、マンション選びも、結婚式場も日取りも。すべてにおいて彼女の「こうしたい」を尊重してくれていた。その代わり、彼女は彼が唯一できない家事である料理の腕に磨きをかけ、彼の好物を作った。
それで、彼女は満たされていた。
ところが、挙式を控えた数か月前になって、彼女は結婚していいのかと悩むようになった。
「結婚はふたりだけの問題じゃないって、よく言いますよね。双方の家庭、親とかを含んだものだっていう意味ですよね。もうまったくその通りだなって思いましたね」。
当初は、「式は若いふたりで好きなようにやればいい」といっていた彼の母親が、さまざまなことに口を出すようになった。披露宴の食事、引き出物、果てはユイさんの花嫁衣裳は洋装なのに、自分の息子には袴を着せたいなどと言い出した。
また、招待客リストをつくる際も、自分の小唄仲間や同級生を呼びたいという。彼はユイさんには、「なんとかユイのしたいようにできるように説得するから」といいながら、母親の前では何も言えず従順だった。しかも、彼とユイさんで折半にすることに決まっていた式の費用も、彼が捻出する分は、実は両親からもらったお金だということが判明。ふたりが住むマンションへ引越しする際に自分のマンションを引き払う手続き、ガス、電気、水道料金などの支払いから引越しの依頼や荷造りまで、すべて親任せにしていた。
すべて親がかりでない自立心の強いユイさんからすれば、どれも信じられないことばかり。だが、彼は「いいじゃん。親が払うっていうんだし、(自分の引越しも)親がやるっていうんだから、やってもらったほうがトクじゃん」と、多少決まり悪そうに肩をすぼめて言った。
「彼と両親の関係にすっごい嫌悪感、感じてましたけど、そのときは育ちも違うんだしそんなものかなって思いました。私もそれ以上強く出られなかったんです」。
結局、式の衣装は和装になり、引き出物は当初パンフレットをみて「こんなのもらって、だれがうれしいんだろうねえ」と、彼女が笑って指差した花柄の花びんになった。招待客はユイさん側の友人や仕事仲間を大きく削った。
式が近づくにつれて、「何かが違う」と思い始めた。既婚の友人にも相談した。けれど、答えは「マリッジブルーなんじゃないの?」と笑われるだけだった。「ユイは贅沢だよォ。あんなやさしいダンナでさ。女は愛されるのが一番だよ。うちのに爪の垢でも煎じて飲ませたいよ」と言われたりした。
「そのときも、そんなもんかなあって。ブルーになっても、自分と彼の関係を見直したり、自分の気持ちを確かめたりする余裕なんてなかったですね。仕事に追われてたし。結婚する前ってすっごい慌しいじゃないですか。それに、衣装合わせとか、新婚旅行の打ち合わせとかしちゃうと楽しいじゃないですか。決めたんだから、やっぱり結婚しなくっちゃって感じでしたね」。
何度か、同じ夢をみた。招待状を送った相手に「すみません。中止になりました」とひとり頭を下げて歩く自分の姿だった。(次週に続く) |
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