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FILE.7 ファザー・コンプレックス
【前編】愛される心地よさ 07.01.16 |
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テレビの企画会社に勤務するユイさんは31歳。小顔で背が高くモデルのようにスタイルがいい。でも、いつもノーメークだ。「しばらくひとりでいたいからお化粧はしないんです。今は仕事一筋かなあ」といいながら、煙草をくゆらせた。
実家のある地方都市でテレビの仕事をしていたが、20代後半で仕事ぶりを認めてくれた知人に誘われ、東京の会社に転職した。両親とも「あなたの人生だから」と引き止めたりはしなかった。つき合っていた彼とは上京からしばらくして、別れた。新しい彼ができたのだ。
「同じ会社で一緒の部で仕事をしていたひとつ下の人でした。中途入社の私にいろいろ親切にしてくれました。地元の彼や家族と離れて寂しかったし。すっごく好き!っていうわけじゃなかったけれど、けっこう、なんていうか目がパッチリしていて可愛い顔してる子だったんです。あと、車がコンバーチブルで……。コンバチの車なんて乗せてもらったことなかったから、ちょっと舞い上がっちゃってたかも」。
お給料も、仕事のレベルも上がったけれど、高い家賃に、長い勤務時間。彼女はへとへとになった。そんなとき、彼のやさしさはこころに浸みた。
会社で夜遅くパソコンに向かって企画書を書いていると、彼はおにぎりやお菓子など山ほど差し入れを買ってきた。一緒に食べてたかなと思うと、いつの間にかいなくなっている。見回すと、ドアに「無理すんなよ」と張り紙が合った。彼女が寝坊してクライアントとの打ち合わせに大幅に遅れたときは、「ぼくが時間を伝え間違えました」と嘘をついて頭を下げてくれた。ちょっとしたやさしさが、彼女のこころのなかで積み重なって、いつの間にか付き合い始めた。ともにひとり暮らしのため、お互いのアパートを行き来した。ほぼ半同棲のような暮らしは幸せだった。
「紹介した友達からはみんなに“こんなに愛されてユイは幸せだね”っていわれました。はたからみていても、彼が私にぞっこんっていうのがよくわかるみたいで。私もすごく好きなわけじゃないけれど、愛されている心地よさ、みたいなものはありましたね。友達にもよく言ってましたよ。“そうだよ〜。やっぱ女は愛されてナンボだよ〜”なんてね」。
そのうち仕事のペースに慣れてきた彼女は、会社で頭角を現し始めた。重要な仕事をいくつも担当させられた。彼と付き合ってから1年ほどたったころ、彼女は妊娠した。
「本当にショックでした。ちゃんと避妊していたし。そんなはずないって思ったくらいです」。だが、生理が遅れて3週間ほどたってから訪ねた産婦人科の医師は、はっきり言った。「おめでとうございます。(妊娠)2か月に入ってますね」と。
診察室のドアをバタンと閉め、会計でお金を払ってから、彼女は歩き始めた。2時間前に病院にきたときは、「ストレスか何かで生理が遅れているだけですよ。想像妊娠ですね」と医者に笑われる、そんな空想を描いていた。タクシーをひろって、会社に戻って仕事の続きをするはずだった。けれど、結果は違っていた。気がつくと、ビルの谷間をうろうろと歩き回っていた。
「耳鳴りがして、意識はもうろうとしていました。もう何も考えられず、ひとりで歩き回ってましたね。会社の上司や彼からも携帯の着信がいくつもあったけれど、まったく聴こえなかった。本当に頭の中が真っ白でした」。
産もうか、やめようか、産もうか、やめようか――。頭の中をめぐる言葉は、この二つだけだった。ふと気がつくと、病院を出て1時間以上たっていた。
「何のために上京したの? 妊娠するためじゃないよ。仕事するためじゃん。私、なにしてんだろうって。自分を責めました。でも、実際に新しい命がおなかの中にいるわけですよ。おろしたら殺人じゃん、って思う。もう、どうしていいのかわかりませんでした。次の電信柱まで行って、タクシーがすぐにきたら産もう。来なかったら産むのはやめることにしようか、なんて考えたりしました。でも、タクシーなんて流れてないようなオフィス街なんですよ」。
それなのに、タクシーは来た。
彼女は車を拾って、会社に帰った。会社のドアを開けると、彼の心配そうな顔が目に飛び込んできた。(次週に続く) |
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