FILE.5 私の歩く道
【後編】掛け値なしの愛情 06.12.26
 疲れ果てたハルさんが長男に暴力をふるった夜以来、夫は明らかに変わったのだ。小学生になって入った学童保育所の指導員から、「お父さんは息子さんが本当に大切なんですねえ。接する姿をみればわかりますよ。掛け値なしに大好きなんですね」といわれるくらいだ。「掛け値なし」という表現があっているかどうかはわからないが、無条件の、見返りを要求しない愛情を、夫は注いでくれているのだとハルさんは思う。
 下の娘は健常児だから、ハルさんにはよくわかるという。「親ってついつい、子どもに対して期待してしまう。条件付きの愛情になってしまうんですよね」と話す。ほかの親たちをみていると、「勉強ができる子」「親の言うことを素直に聞く子」などの条件と引き換えに、子どもを可愛がっているような気がする。

 夫をみていると、長男の障害を含めてすべてを受け入れていると思う。
「可愛くって仕方ないんですよね。私はそのうち職業訓練を受けなきゃいけない、自立させなければいけないといろいろ考えています。障害児の親は子どもの将来が心配だから、訓練や療育に私なんかよりずっと一生懸命な親御さんもいます。それも私は親の愛情だと思います。でも、息子の将来の話をすると、夫は『いいよいいよ。就職できなかったら、おれらとずっと一緒にいればいいじゃん』って目を細めていうんです」。

 とはいえ、夫は、ハルさんが「自閉症児にはこれがいいらしいよ」と情報を仕入れてくると、ちゃんと実践してくれる。自閉症児は、からだの動きや運動に遅れがある。小学生になったが、行進すると手と足を一緒に出してしまったり、ボール投げができなかったりする。お風呂上がりのストレッチが効果があるといえば、夫は毎日欠かさず一緒にやっている。夕方の散歩や外遊びも楽しんでやっている。とにかく長男の世話も娘の世話もよくしてくれる。ほかの家族の父親と比べると、子どもたちと一緒にいる時間が長いのだ。
 「最近思うんです。長男が自閉症じゃなかったら、夫はこんなに子育てにかかわっていなかったんじゃないかって。子どものことがあったから、しっかり向き合える夫婦になれたのかなって。うそでしょって思われるかもしれないけれど、私は息子が自閉症でよかったとさえ思うんです」。

 息子と娘、ふたりの子を育てていると、いろいろなことに気づかされる。「自閉症児は気持ちや行動をなかなか切り替えられないんだけど、普通の子でもおんなじなんだって思いますね。ぐずったり、ごねたりしますから。普通の子の子育てでも、うまくいかなくて悩んだり、虐待する人もいますよね。普通の子の子育てでも、夫が協力的でない人もいる。みんな抱えているものはおんなじなんだって、思います」。

 さらに、夫についても“気づき”があった。
 長男が自閉症児だとわかったとき。夫がなかなか受け入れてくれず離婚を考えたことがある。
「少しでもいいから自閉症児の親の集まりとかに出てよ!って思っていました。そういうことをしてくれないのは、息子の存在を受け入れていないからだって腹立たしかった。でも、実はそうじゃないって気づきました」。
 夫は下の子の保育園の親の集まりなどにもなかなか参加しなかった。「知らない人と話すのは苦手」という。夫の両親をみていても、おとなしく人付き合いは苦手そうだ。「実はすごい人見知りなんだって気づきました。結婚したときはそうは思っていなかったので。今はこちらが疲れるだけだから、無理に誘いません。(親の集まりなどで)私がひとりで外出するときは、気持ちよく送り出してくれますから」。
 夫の両親も、長男のことを「掛け値なしに」可愛がってくれる。
「うちの孫、自閉症なのよ。すごくかわいいのよ。いい子なの」。
 姑がよその人にそんなふうに話す姿をみていると、ハルさんはこう思う。
「夫が私の夫でよかった。この子が私の子でよかった」と。(終わり)