FILE.5 私の歩く道
【前編】笑わない赤ちゃん 06.12.12
 看護師のハルさんは、めったにテレビドラマなど観ないのだが、最近SMAP草薙剛主演の『僕の歩く道』にハマッている。ほぼ毎回、泣く。草薙クンは自閉症の31歳の輝明役。自閉症を理解できなかった周囲の大人や、葛藤を抱いていたきょうだいたちが輝明と触れ合いながら成長していく姿に感動してしまうのだ。
 ハルさんは、27歳で友人の紹介で知り合った3歳年上の男性と結婚。翌年には長男をもうけた。夫はビル管理の仕事で夜勤も多かったが、家にいるときはオムツ替えなどよく手伝ってくれた。ハルさんは充実していた。

 生まれて3か月たったころ、彼女は子どもが「ちょっと他の子と違う」ことに気づいた。あやしても、笑わない。笑いかけて、声をかけても視線が合わない。しかも、他の子は泣いていれば抱っこして揺らせば機嫌がよくなる。育児書にもそう書いてある。でも、長男は抱っこするとからだをピンとのけぞらせ、けいれんしたようになって泣き続けるのだった。あやせないので、常におっぱいを飲ませて寝かせるしかなかった。
 夜も寝なかった。赤ちゃんは生後2〜3か月たつと、少しずつ夜寝るようになる。それなのに、わが子は1歳になっても夜寝なかった。夜中の1時に親子で散歩した。夫に相談しても「心配しすぎ。大丈夫だよ。ちょっと変わってるだけじゃないの」といわれる。
「私も、根がのんびりしているので、そうなのかな、くらいしか思ってませんでした。一度やめた看護師として復職したかったんですけど、昼夜逆転の赤ちゃんを預かってくれる保育園なんてないし、と思ってしばらく家にいることにしたんです」。

 2歳近くになって公園や児童館へ行き始めると、他の子との違いがより鮮明になる。
「他の子は人見知りして自分のママにべったりくっついているのに、うちの子はどこへ行ってもはじけたように走り回るんです。ほかの子とも、私ともまったく遊ばないし、とにかくじっとしていない。私は常に子どもを追いかけていなくちゃいけないから、他のママたちとおしゃべりできないのがつらかったですね」。
 そのころ、1歳半健診で保健師に呼び止められた。母子手帳に「経過観察」というスタンプを押された。「この月齢で、指差ししない、視線が合わない、言葉もまったくでないわけ。発達がゆるやかな子なんでしょう、といわれました。私もそう思ってましたね」。
 ところが、3歳になってもほとんど言葉が出てこない。すでに生まれていた下の妹にも、長男はまったく興味を示さない。健診で「経過観察」だった青いスタンプは、赤色の「専門医紹介」になった。病院で脳波やCTスキャンを撮った。
 そこでは確かな病名はつかなかった。その後、発達の遅れのある子が通うデーグループを紹介され、そこの先生から1枚の紙を渡された。近所の幼稚園の入園申し込みだと、ハルさんは思った。だが、それは、知能の遅れのある子や自閉症児のための通所施設の入園申し込みだった。

 「頭が真っ白になりましたね。まわりの先生や保健師のかたも、きっとうちの子は自閉症だと早くから感づいていたんだと思います。でも、当事者の親って、違うんだって思いたいんです。私もそうでした」。
 夫の帰りを待って、入園申し込みを差し出しそのことを打ち明けた。「自閉症」という言葉は出さなかった。というより、出せなかった。
 夫は、テーブルの上にあった申込書を、見もしなかった。「そんなところ、行かなくていいよ」と言う。ハルさんは、「でも、普通の幼稚園や保育園はあの子を受け付けてくれないのよ。ほかにどうしたらいいの?」と言い返した。夫は「おまえが家にいてみてたら?」という。ハルさんはムッとした。「私も仕事復帰したいんだよ。二人同時に保育園か延長保育のある幼稚園に入れたいの。子どもだって、もう集団に入らなきゃいけない年じゃない」。夫は黙りこんだ。

 半ば事後承諾のようなかたちで、ハルさんは息子を通所施設に入れ、下の妹は公立の保育園に入れた。手続きは全部一人でやった。
 「夫は息子が自閉症だってことを、受け入れられなかったんです」。ハルさんはそういって、唇をかんだ。(次週に続く)