FILE.4 子なし夫婦の憂うつ
【後編】子どもがいたら…… 06.12.05
 結局、借金は、3年かけて二人で返済することになった。夫の収入が高いこと、共働きであることとを考えると「逆に自己破産はお勧めしない」と弁護士にいわれた。自己破産が会社にわかれば夫のキャリアにも傷がつく。家のローン14万、これに借金の分割返済が月々と12万加わった。ひと月に26万円の出費は小さい額ではなかったが、「私がこのまま転職せずに働き続ければなんとかなると思いました」と彼女は話した。
 そう。アサミさんは、夫の借金返済のために、転職をこの時点であきらめたのだ。なぜなら、彼女がもし転職に時間がかかれば休職期間はダブルインカムではなくなるから、月々の返済は無理だ。しかも、彼女が転職活動に使おうと思っていた彼女名義の貯金にまで、夫は手を出していた。
「一人暮らしのときから、どんなにお給料が少なくても毎月1万円ずつためてきた貯金でした。10年かけて100万近くあったのが、残り数十万になっていて……。本当にそれだけは手を付けないでね、ってお願いしていたのに。返済額が1000万近いことより、こっちのほうがショックでしたね」。
 弁護士事務所からの帰り道。夫に向かって、腹立ちまぎれに言った。「こんなことしちゃってさ。普通だったら、離婚だよ」。夫は「ごめんね」とうつむいたまま歩いていた。その悲しそうな横顔を見ていたら、離婚はできないと思ったという。
「だって、性格が合わないとか、浮気されたとか、愛情が冷めたとかじゃないんですもん。単に、ダンナがお坊ちゃんで借金しちゃっただけ。それさえなければ、いい人だもん。これだけ(借金が)膨れ上がっちゃったのも、もとはといえば彼の性格がきちんとしてるからなんですよ。返済期限内にあそこから借りて、ここから借りてってしていって、最後に火だるまになるまではほとんど滞納せずしっかり返していってる。普通はいい加減な人が返済しなくて問題になるんでしょうけど、うちの夫は滞納とかがなかったから家に取り立てもこなかったですもん。でも、だからこそ私もずっと気づかなくて、傷口が広がってしまいました」
 毎月1万円ずつ10年間ためた自分のなけなしの貯金を使われても、転職を断念させられても、アサミさんは夫を見放さなかった。
「離婚しなかった一番理由ですか? う〜ん。愛情がまだ残っていたのと、私がクリスチャンだからかなあ」と話した。彼女が小さいころから信仰するカソリックでは、すべての困難は「神が与えた試練」というふうに受け止めるそうだ。カソリック系で中・高一貫の女子校に通ったアサミさんならではの思考が、離婚を思いとどまらせたようだ。
 とはいえ、家のローンと借金の二重返済をしていた3年間は大変だったという。その間、ブラックリストに載せられた夫はすべてのクレジットカードを止められた。夫の小遣いは月8万から1万円になった。海外旅行も、オペラも我慢した。二人合わせて年収1500万にしては質素な暮らしを続けた。

 そして、今。借金も無事返済が完了し、彼女は無事希望していた転職を果たした。収入は少しばかり減ったものの、経済的には少しずつ以前のような生活に戻りつつある。
 ただし。アサミさんは夫の借金をきっかけに、夫婦関係のありようを考えるようになった。
「お互い好きなことをやってます。お互いのプライバシーを守ろうとしているし、干渉もしない。よく考えると、別に離婚して別々に住んでもきっとお互いの生活はほとんど変わらないだろうなって思うと、ちょっとねえ。これでいいのかなとは思います」。
 借金事件があって、夫が子どもを望んでいた話は一切出なくなった。生活上のちょっとした問題も、レジャーの計画も、何もかもがアサミさんの一方的な指示や命令で終わってしまいがちだという。しかも、夫は借金こそしなくなったものの、相変わらず金遣いは荒い。
 そもそもアサミさんと夫は育ち方が違った。2DKのアパートで4人きょうだいで育った彼女はお金のありがたみを知っている。父親の事業の失敗で一家そろって借金取りに追われたこともある。対する夫は地方の地主の孫で、父親は公務員。裕福な家庭で何の不自由なく育った。
「豊かさが、人を成長させないんですよね」とポツリ言った。

 子どもをもつ友人に相談すると「人生に目標がないんだよね。きっと、子どもがいれば違ったと思うけど」といわれる。
「まあ、そうかもしれませんね。でも、子どもがいないと人間的に成長しないとは言い切れないと思うし。その友人の話とか聞いていても、子どもがいるのに子育てを一緒にせずに、奥さんを家庭に縛ってる男性はいっぱいいるみたいだし。自分の子どもを虐待死させちゃう人とかもいるじゃないですか」。
 子どもを持たなかったことに後悔はない。夫を選んだことも、離婚をしなかったことにも。
 ただ、「夫の借金返済」という嵐の時期が過ぎたいま、彼女はなんだか胸にぽっかり穴が空いたような気分だ。子育てがひと段落して、放心状態になった主婦のように。(おわり)