FILE.20 母の挑戦
【後編】カプセルのなかの娘
 2005.12.27
       ――FILE7「カプセル〜母ひとり子ひとりの家へ嫁いで」続編
 高裁で結審されず、しかも、救済措置によって家裁で自らの家庭の養育環境の調査が実施されることになり、夫も慌てたのだろう。提出された反論書は、あきれるばかりの内容だった。
 もう一度、こずえさんの話に戻そう。

――夫の反論書の内容には驚きました。
 5歳になった娘が、幼稚園の先生に「お母さんが鬼になってやってくるので、私は怖いです。なので、私は公園にも行きません。外で遊びたくないから、おばあちゃんとおうちで遊んでいます」と話した、というのです。
 また、母親である私が虐待を繰り返しているのがわかっているから、娘を救済するために連れ戻した、とか、連れ戻したときからたびたび嘘をつく子どもで最初は大変だった、とか、食べ物も偏食がひどく、姑が手作りの料理で一生懸命に好き嫌いを治してきた、などと書かれてありました。ひたすら、私の悪口が書き連ねてありました。

 そのうえ、園長先生に向かって、「お母さんが私を誘拐するかもしれないから、私を守って」と懇願したというのです。私は、すぐに、園長先生に会いに行きました。尋ねたら、まったくの嘘でした。でも、その私立の幼稚園は夫も卒園したところなので、園長としても対応に苦慮している様子でした。娘がどんなふうに過ごしているのか教えてほしいとお願いしたら、夫側には絶対に明かさないという前提でいろいろ教えてくださいました。
 娘は、姑の体調が悪いと幼稚園を休むそうです。最近では、2週間くらい続けて休んだこともあったといいます。そのため、見かねた幼稚園のお友達のお母さんたちが入れ替わりで送迎をして下さっているというのです。それなのに、家裁での調査官との面接のときは「娘のことで一切他人に頼ることはない。自分たちですべてやっている」と断言していました。

 結局、彼らがアピールできるのは経済的な面だけです。「広い子ども部屋も与えてあげられるし、学習机もランドセルももう購入した。小学生になれば手が離れるので、(80歳に近い)祖母が今後も育てられる」と、そこを強調していました。幼稚園のうちから、学習塾に通わせ、英語、絵画とおけいこ漬けです。裁判でアピールしたいがために無理に通わせている。私にはそれが娘にいいことだとは到底思えないのです。
 夜中にコンビニに連れて行ったり、しょっちゅうファミリーレストランで夕食をとらせていることなど、近所で私が顔見知りだったかたにいろいろ聞いています。それを調査官のほうに陳述書として提出するのですが、近所の人たちなので「実名は困る」といわれ、全部名前は伏せなくてはならない。私側がちゃんと育児をしていることは、友人や学校の先生などにお願いして実名で陳述書を書いていただきました。でも、娘側の養育に問題があることを指摘するものに関しては実名ではないので、そのあたりを調査官や裁判官がどう判断するのかはわかりません。

 実は、娘の幼稚園の運動会を私の姉と見に行きました。夫は仕事があるようで途中で抜け出していました。どんな行事も周りの目を取り繕うように、ちょっとのぞいていくそうです。それとは別に、とても気になることがありました。もう年長組なので他の園児はみんなしっかりしているのですが、娘は担任の先生にぴたりとくっついたまま離れないのです。すごく甘えているんですね。やはり情緒的に不安定なのだと思いました。
 なので今はもう、「早く救ってあげたい」とさえ思います。弁護士さんは「自信をもってやっていきましょう」と言ってくれます。私も娘が小学校に上がるまでになんとか一緒に暮らしたい。息子も同じ小学校に通うのを楽しみにしています。
 私に気を使っているのか、息子は去年あたりから妹のことをあまり口にしなかったのですが、こないだ寝る前に妹の写真をみながら、「○○ちゃん(妹の名)がボクたちのところに帰ってきたら、ちゃんと送り迎えするからね。いっぱいお世話するから」と話すのです。
 離れて暮らして、もう4年になるでしょうか。兄は妹とかれこれ2年以上会っていません。それでも、ちゃんときょうだいの絆はつながっているんだと思ったらうれしかったです――

 実はつい先ごろ、別居中の妻のもとから、夫が子どもを連れ去ったら「未成年者略奪罪」が成立するかが争われた事件の上告審があった。
 最高裁第二小法廷は「父親だからといって違法性はなくならない」と結論づけ、夫の上告を棄却した。この事件の夫は保育園から帰る途中で後ろから抱きかかえ車で連れ去り、一審、二審は懲役1年執行猶予4年となっている。
 裁判長は「夫婦間の紛争に刑事司法が介入するべきではない」と、違法性がないことを主張したが、裁判官は「連れ去りが許されたら、話し合いなどで円満解決を図らなくなる」と対抗したそうだ。
 このことを知ったこずえさんは少なからずショックのようだった。
 「あのとき、私も夫を刑事事件として訴えていればよかったんです。私はケガをしたので傷害事件で訴えられないか、と相談したのですが、あのころ担当だった弁護士は母親が父親を訴えるなんて子どものためによくないといって……。今の弁護士さんは(刑事裁判を)そのときやるべきだったねといってました」

 とはいえ、もう過去の時間を巻き戻すことはできない。

 「離婚できれば、私は私の人生をやり直せる。手元にいる息子は私のすべてをかけてしっかり育てます。でも、それによって娘が犠牲になるのは絶対に避けたいんです」と、こずえさんは声を振り絞る。
 夫と姑の「カプセル」から、果たして娘を救い出せるのか。
 彼女はまた新たな陳述書をつくり始めた。勤務後、息子の世話をし寝かせた後に睡眠時間を削って作業をするのだ。
 娘への思いの詰まったそれらは、レポート用紙にして200枚を超えた。
(FILE20終わり)【読者の皆さまへ】あけましておめでとうございます。新年は1月10日より連載再開の予定でおりましたが、筆者都合により、1月24日(火)に変更させていただきます。ご了解ください。