FILE.19 結婚に向かない男とは
【前編】母親の異変 2005.12.6

 現在34歳の拓哉さんは昨年、6年の交際を経て2歳年上の女性と結婚した。夫は新聞社、妻は出版社と、ともに大手マスコミに勤め、多忙を極めていたうえ、東京と地方で別れて暮らす「別居結婚」だった。交際している途中で彼が地方勤務になり、半年ほどして入籍した。
 「彼女のほうが、年齢を重ねるごとに多少の焦りみたいなものがあったんじゃないですかね。最後は、私たちどうするのよ?といわれて、じゃあ、とりあえず結婚しましょうか、という具合だった。彼女は仕事もできるし、経済的にも精神的にも男にぶら下がるようなところがなかった。自分の足でちゃんと立てるというか、自立している女性のほうが男は楽じゃないですか。この人とならなんとかやっていけるかなと思った」
 彼自身、自分は結婚に向かないと感じていた。だから、結婚から逃げていた。
 「なぜかといえば、仕事中心の生活に満足していたのもありますが、結婚に対するイメージがまったくわかなかったという理由のほうが大きいかもしれません」

 結婚というより、家族を形成することや「夫婦」というものに、いいイメージがなかった。不仲だった両親の影響だった。
 東大卒のエリート官僚だった父親は、夜遅く帰宅しても家族と夕食をともにすることはなかった。ひとりで食事をした後は、部屋にこもり仕事をしたり本を読んでいた。専業主婦の母親は黙って家事をこなし、食事の用意ができると父親の部屋のドアをノックするだけだった。休日に家族で出かけた記憶もない。なによりも、両親の仲が冷えきっていた。
 「物心ついてから、父親と母親が笑顔で言葉を交わしている姿なんて見たことがありませんでしたね。うちの親たちはけんかもなければ、会話もなかった。派手な夫婦げんかをする家ってあるじゃないですか。そちらのほうがまだ健全なのかもしれませんね」
 お互いに言いたいことを言い合う夫婦げんかは、激しいけれど体でぶつかり合うようなコミュニケーションがある。家庭内の静かな「冷戦」は、子どもだった拓哉さんにどんなにかつらい緊張感と寂しさを強いたことだろう。

 そんな子ども時代の体験は、彼を結婚に対し消極的にする十分な理由だった。
 「家庭の事情や僕の生い立ちなんかも彼女には話しました。そういえば、付き合っているころからよくこんな話もしました。仮に、家族を運営していく能力や適正を家族力というとして、1点が及第点だとしたら、僕は0.7だよって。君が1.1でも1.1掛ける0.7は0.77で絶対1には届かないんだからねって」
 対する彼女は、普通の幸せなサラリーマン家庭で育った、「しっかり者の長女」だった。彼女は、どうしたら「1」をオーバーできるかと、冗談ながらに話していたという。

 遠距離結婚の生活は、お互い独身時代となんら変わりはなかった。メールはもちろんのこと、電話も毎日。お互いの仕事が終わった真夜中に、1時間も2時間も話した。2か月に一度お互いの家を行き来した。出張の多い拓哉さんが訪ねていくことのほうが多かった。「結婚しても経済的にも精神的にもお互い自立した状態で、それなりに楽しい」(拓哉さん)新婚生活だった。

 ところが、突然、拓哉さんは難しい問題をひとりで背負い込むことになる。

 ある日のこと。早くに未亡人となり、弟と都内で同居していた母親に電話をすると、「あなただれ?」といわれた。最初は冗談かと思って話を続けたが、母親の異変に気づくのに時間はかからなかった。
 「すぐに飛んでいきました。そうしたら、家のなかは荒れ放題でゴミ屋敷のようでした。そのなかで、母親が山姥のようになってました……。精神に異常をきたしているのはすぐにわかりました」
 糞尿の匂いが充満する部屋を通り、台所で転がっている母親を見つけた。すぐに、二階にいる弟を呼びつけた。年の離れた弟は、自分に母親を押し付け仕事に明け暮れる兄を責めた。勤めていた会社が倒産した弟は数年前から失業し、ニート状態だった。気力をなくした弟は、母親の異変に気づきながら放置していた。自分は二階の自室で暮らし、母親には勝手口からのみ出入りさせていたのだった。(次週に続く)