FILE.11 年下の男の子♪
【中編】家出した夫 2005.07.05

 家の購入は、一瞬だが夫婦に光をもたらした。
 夫婦はしばらくして、近所にフリープランの建売を発見。更地に自分たちがデザインした家が少しずつ建っていくのを見届ける作業は、実に楽しいものだった。夫も楽しそうだった。家が完成するころ、次男が誕生した。購入のために四千数百万のローンを組んだが、夫の年収は800万近くあり、年齢も30歳前とあって払えない金額ではなかった。
 新居への引越しとともにローン返済も始まった。
「遊ぶのを控えるのかと思ったのですが、いっこうに減らないんですよ」
 週末ごとに泊りがけで出かけて行き、月に6万円の小遣いで足りるとは思えない遊びっぷり。だが、二人の子どもを抱えた貴子さんに、夫を引き止めるエネルギーは残っていなかった。
 そんなある日、またもや、なんじゃ!な日がやってくる。
「○○ですけど、いらっしゃいますか?」
 と、女性の声で夫あてに何度も電話がかかってきた。電話は毎日続く。「まさか、浮気?」。すぐに問い詰めたら、あっさりと白状した。サラ金会社からの借金の取立てだった。夫は金額を言わないので、翌日電話がかかるのを待って問い合わせた。「存じ上げております。妻です」。そう言うと、女性は上司らしき男性社員に電話を取り付いだ。返済金額は400万だった。もう、「なんじゃ!」などと驚いている場合ではなかった。
「彼にはいろいろ驚かされたり、失望させられましたけど、このときはさすがに血の気が引きましたね」。
「こんなに借金してお金使っちゃうんじゃ、私がいくら働いてもだめじゃない。もう、働かないよ!」
 そんなふうに食ってかかった妻に向かって、夫は逆ギレした。
「会社じゃいやなことばかりだし、妻は働かないっていうし、おれはもうやってられない。第一こんな家なんか、おれは欲しくなかったんだよっ!」
 夫はそう叫んで、自室に閉じこもった。
「このとき、胸の奥のほうで、夫への本当に一握りあった愛情がストンとどこか山の谷間に落ちてゆくような感覚にとらわれました」
 そして、夫は翌朝出勤したまま、家出してしまった。
 携帯もつながらない。
 会社には出勤しているらしいが、ドライバー業務という外勤のため、会社に電話をしても無駄だった。
「子どもがすねて家出した感じでしょ? でも、反省して帰ってくるかも、そうしたら…なんて、離婚の決意はゆらゆら揺らいでましたね」
 1か月経って、「このままじゃどうにもならない」と思った貴子さんは、家裁に行くことを決意した。
 家裁に調停を申請。夫の友人を通じて調停の場に来るように説得してもらった。

 家庭裁判所で久しぶりに会った夫は、出て行ったときとまったく変わらずに見えた。調停の席に着くと、調停員2人がついた形で向かい合って話す。最初に貴子さんによる調書が読み上げられる。夫が金銭的な問題を抱えていること、家事・育児もまったく担わないことなどが述べられた。彼女は「その通りです」と言って、夫のほうに視線を向けた。「夫はあらぬ方向に眼をやって、おれには関係ねーよって顔をしてるんです」(貴子さん)。
 調停員から「ご自身のことですけど、どうですか?」と皮肉交じりに促され、やっと口を開いた。「その通りだけど、オレは戻る気ありませんから。家も欲しくなかったし、子どもも作らされたんだから」と主張した。
 だが、貴子さんは、夫婦続行を希望する言葉を口にした。「子どもたちをこのまま父親不在で成人させるのは心もとないし、どうにかもう一度夫として父親として家庭を立て直してほしい」と訴えた。
 すると、夫はカッと目を見開いて怒鳴った。
「そんなことでオレの人生は決められない! オレには家庭を持つこと自体考えられない」
 と言い捨てたのだった。
 この瞬間、彼女のこころのなかで離婚が成立した。

 それにしても、と私は問いかけた。戻る気がない、子どもも作らされた、とまで言われて、どうして夫婦を続けたいと食い下がったのか。
「なんかね。家を手放したくなかったんですよ。家さえあれば子どもを育てられる、生きていけるって思ったの。でも、そうじゃなかった…」。
 貴子さんが欲しかったのは、「家庭」だったのだろうか。単なる「家」という箱だったのだろうか。夫に、父親として、パートナーとして、どちらの愛情も感じられない。平日も土日も一緒に遊ぶことさえない家で、形だけの家族で、本当にいいと思ったのだろうか。
 もしくは、彼女が描く家のなかに、夫は最初から“いなかった”のかもしれない。
 調停での夫の子どもじみた言動を話し終えた彼女は、こう言った。
 「ガテン系の人ってこうなの?って感じですよね」
 おそらく、夫の言動が悲しく、情けなくて、思わず出た本音だろう。
 彼女は任用資格を持ち、ケアワーカーとして今も働いている。ドライバーの夫は年収こそ彼女より高かったが、学歴、年齢も下で、ある意味「低方婚」といっていいカップルだ。
 ひと昔前は、学歴、年収、身長が高い「三高」がもてはやされたが、男女の平等感が強くなったいま、それらが(身長が年齢にすりかわったが)男女の立ち位置が逆の「低方婚」のほうがうまくゆく、という説もある。けれども、そこには、本当に素の部分で「うちのダンナってホントいいやつ」としみじみ自分に言い聞かせてしまうくらい、お互いを慈しむ気持ちがなければ成立しないのかもしれない。
「恋愛期間はお互いだけ見詰め合っていれば幸せだけど、結婚すると事態はちょっと違いますよね」 と貴子さんはいう。
「子どもをひっくるめて社会とのかかわりのなかで、互いに分かり合って、我慢っていうか、現実に折り合いをつけていかなきゃでしょ」
「それが家庭を作るってことかしらねえ」。

 そんな話をしばらくした後、こちらから「で、その後はどうなったんですか?」と問いかけてみた。
 「そこからがね、まさに闘いでしたわよ」。
 貴子さんはそうつぶやいて、グラスに残ったアイスコーヒーをぐいっと飲み干した。次週に続く