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さやかさんは30歳。待ち合わせ場所には10分前から来ていたといい、「今日はよろしくお願いします」と深々と頭を下げた。少し舌っ足らずなかわいい声。ローライズジーンズにオーガンジーのブラウスがよく似合う。一見女子学生かと思うくらい若々しい。「子どもが子どもを育ててる!なんていつも言われちゃって。とっても、悔しいんです〜」と、笑った。
短大を出て会社勤めをしているときに出会った28歳の男性と、24歳で結婚した。
「内弁慶な私と違ってすごく社交的な人で、私の友達ともすぐ仲良くなっちゃうんです。2年くらいつき合ったんですが、この人とだったら楽しい家庭が築けるだろうなって思って。私はネガティブ思考っていうんですか? すぐウジウジ悩んでしまう。すると、そんなこと気にしなくていいじゃん。何とかなるよ!って励ましてくれるんです。そういうポジティブなところがよかった」
慎重なタイプのさやかさんと楽天的で明るい夫の結婚は、家族や友人からも「いいコンビだね」と祝福された。
性格も違えば、育ちも違った。さやかさんは3人きょうだいの末っ子。
「両親はもちろん、兄や姉からもすごく可愛がってもらって大事に育てられた」という。結婚直前まで門限9時。駅まで徒歩10分なのに、9時を過ぎると父親や兄が迎えに来た。
そんな妻に対し、「夫は苦労人」だった。高校卒業と同時に家を出て、昼間アルバイトをしながら自力で夜間大学を卒業。「自分の人生は自分で切り開いていくもんだ」というのが口癖だった。「四つ年上だし、頼りがいもありました」(さやかさん)。
25歳で長女を妊娠。「絶対立会うからね!」と夫のほうが立会い出産を希望し、両親学級やラマーズ法のクラスと仕事の都合をつけて一緒に出てくれた。出産した時は涙を流し「よく頑張ったね」と手を握ってくれた。
育児も家事も一緒にやってくれる、完璧な夫だった。
オムツ替え、お風呂は当たり前。夜泣きをすれば、抱き上げてあやす妻の気配を感じるやいなや、布団からガバット起き上がってミルクを作りに行ってくれた。掃除機がけ、食器洗いと、さやかさんが頼まなくても、すすんでやってくれた。
「出産と同時に専業主婦になったんですが、テレビのワイドショーで“専業主婦の孤独な子育て”なんて、育児ノイローゼになった人の話とか出てくると、ああ、みんなかわいそうだなあ、私は幸せだなあって思ってましたね」
かわいい娘、やさしい夫。何の不満もない日々だった。
そんな輝くような幸せな時間に、ある日影が落とされる。
長女が1歳になって、以前働いていた会社から契約社員で戻ってこないかと誘われた。さやかさんは「共働きして時間に追われるのはイヤだし、あんまり自信もないんだけど…どうしよう?」と夫に相談した。
働く気はなかったが、心の隅に実は小さな不安があった。結婚前に夫がサラ金からお金を借りていたことを知っていた。夫は、「小さな額で自分の小遣いの範囲で返せるから」と返済金額さえ教えてくれなかったが、信頼する夫をそれ以上は追及しなかったのだった。
毎月のお小遣いは5万円。夫が決めた金額だった。何度か「やっていける? 返せてる?」とたずねてはいたが、いつも「大丈夫だってば〜」という明るい答えだった。夫の言葉を信じていた。
でも、もしかして…。
そんな不安があった。「私、働かなくていい? もうすぐ(返済は)終わるんだよね?」
夫は「う、うん」と目を伏せた。その瞬間、さやかさんはピンときた。(返せてないんだ!)
泣きながら問い詰めたところ、返すどころか借金は増えていた。サラ金のカードは1枚から2枚に増え、「一社の返済が滞って、しかたなく別のところから借りたらしいんです。最初に借りたお金は十数万円なのに、雪だるま式に増えてました。返している間にもちょこちょこ借りたみたいで…」。 返済の合計額は百数十万に膨らんでいた。お金はパチンコにつぎ込んでいた。
「いったん断ち切らないと、この人はダメになる。そう思ったんです」
彼女は意を決して、自分が独身の頃から貯めていた定期預金を解約し、一括返済した。夫はうなだれながらこう言った。「いくら結婚しててもこれは君のお金だから、一生かけても返すから」と。夫は、今度は妻に返済することになった。月々1万円、ボーナス時に5万円と少しずつだが、夫は渡してくれた。
身から出たサビとはいえ、なんと律儀な夫だろうか。
「今度(パチンコを)したら、離婚だからね!」
そんなふうに腹を立ててみたものの、夫の健気(けなげ)さはうれしかった。
借金をすべて返済し、夫婦の生活はリスタートした。「もう、大丈夫」。さやかさんも安心して育児に専念した。2年後には第2子となる長男も生まれた。待望の男の子の誕生に、夫も、互いの両親も喜んだ。家族が増えて、きらきら輝くような時間が戻ってきた。
ところが…。
不況で夫の会社が危うい状況になった。ボーナスカット、賃金カット、給与の遅延と、どんどん状態は悪くなった。「転職を考えたい」という夫に賛成し、「3か月くらいは生活できるから大丈夫。頑張って!」と夫の職探しを応援した。退社した日は、「壮行会だよ」といって寿司を取った。「少し気晴らししてから探したら?」と、家族で旅行にも出た。
その後、本格的に就職活動を始めたが、なかなかうまくはいかない。夫は33歳になっていた。
就職活動にも交通費などお金はかかるはずだ。夫は以前と同じように、「大丈夫だから」と心配する妻に笑顔で返した。
だが、次々と小さな借金がバレた。友達に1万円、後輩に2万円。すぐにお金を渡して返してもらった。
「パパ、大丈夫なの?本当に、それ以外、借りてないのねっ?」
そう問い詰めた瞬間、さやかさんは背中が凍った。(次週に続く)
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