FILE.7 カプセル〜母ひとり子ひとりの家へ嫁いで
【前編】見合い結婚の落とし穴 2005.04.26

 「運命の恋」は「運命の出会い」から始まるとは限らない――。
 そんなキャッチコピーで話題を集めたテレビドラマは、確か「お見合い結婚」だった(2000年3月まで放映)。松たか子とユースケ・サンタマリアがお見合いで出会い、最後はハッピーエンドで結ばれる。
 こずえさんはこのドラマを、半ばシラけた思いで眺めていたという。
 「ドラマだからうまくいくんですよ。結婚を前提に付き合うって、すごく危険だということがわかりましたね」。

 幼稚園の先生だったこずえさんには、男性と知り合う機会はなかなかなかった。30歳を前にして焦り始めたころ、勤務する園の園長から見合い話が舞い込んだ。「いい方だからとりあえず会うだけでもって言われて。お見合いってどんなものか好奇心もありました。これが運のツキ」。
 相手は14歳年上の44歳。小児科医ということもあって、子どもの話に花が咲いた。やさしそうで包容力がありそうに見えた。しかも、相手は見合いから1か月半後にプロポーズをしてきた。どうしても3か月後の4月に挙式したいという。男性経験がないわけではなかったが、「君が好きだ、好きだとぐんぐん押されてしまって」、あれよあれよという間に彼女は結婚を決めてしまった。
 不安材料が二つあった。
 1.セックスをしていない
 2.相手が母一人子一人で、同居を前提にした結婚生活
 ともに重大な課題ではないか。とはいえ、セックスしてからねとか、同棲してから決めよう、などというフランクさは、「お見合い結婚」という由緒正しい場では許されない。こずえさんは迷いに迷ったが、「こんなに愛されているんだからうまくいくに違いないって思い込んでしまった」。彼女の言葉を借りれば、この「思い込み」で、本当に運は尽きてしまった。
 「4月挙式」は、風水や占いに凝っていた姑の希望だった。「4月に挙げれば実りある結婚になる」と。一時はそれを知って落胆したものの、秋に挙式したい自分の希望を伝えたら、夫はすんなり彼女の意見を優先してくれた。「自分の母親より私の気持ちを大事にしてくれた。この人でいいんだって思ってしまいました」。家族に、「自分のことしか考えてなさそうにみえる」と反対されたことも、「逆に私の彼への愛情が増してしまった。こんなにいい人なのよって、一生懸命いいところを探しては家族に話してました」。
 いずれにせよ、夫が姑よりこずえさん側についてくれたのは、式の日取りが最初で最後だった。これが、彼女の不安を払拭する夫の”ダメ押し点”となった。

 悲運な結婚生活が始まった。
 最初に姑を「嫌だなあ」と感じたのは、新婚初夜だった。披露宴から戻り夫の実家へ。夫婦の住まいとなる2階に上ると、それまで姑が寝起きしていた部屋は荷物がすべてそのまま。きれいに片付けられているものとばかり思っていたこずえさんはショックだった。翌日からの片付けも、家具選びからその配置まで、姑が主張する風水に沿ってすべて決められた。
 「一番嫌だった」のは夜中の訪問。70歳の姑は、2階の夫婦の寝室に夜中でも訪ねてくる。階段を上ってすぐの部屋を「無理やり寝室にされた」のだが、ふすまひとつしか隔てていないところへ、11時でも12時でもやってくる。
 「いつも、階段の途中まで上ってきて、カズク〜ン、起きてる?って夫の名前を呼ぶんですよ。しかも、ノックもせずにいきなり、ふすまをガラッと開けるんです。セックスの途中だったこと? もちろんありましたよ。だから、夫からは声を出すな!って叱られました」。
 女性週刊誌に載っていそうな「姑ネタ」だが、肉声で聞くと耐えがたいものがある。「夫とのセックス自体単調でつまらないものだったけど、とにかく感じるどころじゃなかった。今考えるとあの環境でよく暮らしていたと思います」。
 鍵をつけて欲しいと夫に哀願したが、聞き入れてもらえなかった。2階のリビングには鍵がついていたが、寝室にはなかったのだ。
 夫は逆に、こずえさんを「鬼嫁」とののしった。
 「ここは母親の家なんだ。お前はオレの母親が邪魔なんだろう。嫁のくせに夫の母親をのけ者にするのか!って怒鳴られました。それでも最初は、私が若くて我慢が足らないのかもしれないと、自分に言い聞かせていました。仕事を続けていたので日中は家にいないでしょ。だから最初はなんとかやり過ごせたのかもしれません」。
 結婚後すぐにハネムーンベビーを授かったが、流産してしまう。
 妊娠4週目。心音が止まってしまう「けい留流産」といわれた。医師からは「子どもに何かあったのです。あなたの責任ではありません」と説明されたが、夫からは「おまえのせいだ。お前が子どもを殺したんだ。おばあちゃん(姑)は、あんなに楽しみにしていたんだぞ。謝れ!」と、ののしられた。
 GWの旅行の後、またすぐに妊娠。流産はしなかったものの、今度は切迫早産で苦しんだ。仕事も辞め自宅で安静していたら、姑の布団を干していないと夫に責められた。「出血ぐらいで嫁の役目も果たせないのか!」と怒る。このときは、こずえさんもおなかの子どもの命を守るために応戦した。「だったら、あなたが週末に干せばいいじゃない!」と。
 「そうしたら、どうしたと思います? 毎日ふかふかの布団に寝かせてあげられないなんてかわいそうだと思わないのか! そういって、私のおなかを蹴り上げたんです。もう地獄だと思いましたね。でも、私はとにかくおなかの子を守るんだと決心して、布団干しは一切しませんでした。毎日けんかの連続でした。けんかになるとお前なんか出て行け、といわれる。それで夜中に1時間でも2時間でも、重いおなかで近所を歩き回ってました」。
 どうしてこんなところに嫁いできたのかと自分を責めた。子どものためにしっかり生きるんだと気持ちを奮い起こすこともあれば、歩き疲れ、泣き疲れて布団にもぐりこむことも多い日々だった。
 初めての妊娠は、本来なら指折り数えて喜びの瞬間を待つものなのに…。
次週に続く)