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この連載を開始した後、ひょんなきっかけで「自分の離婚を話してもいい」という男性が現れた。
太一さん、40歳。新聞社の総務部に籍を置き、すでに課長の肩書きもある。名刺交換を済ませると、自分から口を開いた。
「仲間にプレイボーイの結婚なんてどうせ長く続かないよ、って言われて悔しかったんで、絶対離婚なんてするかよ、って思ってたんですけどね」
さわやかな笑顔は色白の石田純一といった趣である。
久々に耳にするプレイボーイという言葉に少々たじろぐこちらの表情を察したのか、「あれっ、プレイボーイって死語ですか?もう、世の中には存在しないのかな。雑誌はまだありますよね」と笑っている。人当たりのよさと歯切れよい話しぶりは、女性をひきつけるものがあるのかもしれないと思わせた。
最初の結婚は29歳の時。前にいた会社で机を並べていた事務職の女性だった。2年間の交際の末、結婚した。彼女は四つ年下で25歳だった。
「付き合ってほしいと言ったのは当然こちらからです。美人だし、脚がキレイだった。僕、実は脚フェチでして(笑)。男はビジュアルから入るじゃないですか。いい女でしたよ。美人だし、活発で人見知りもしない。気が利くってほどじゃなかったけど、交際しているうちに、親戚中どこに出しても恥ずかしくない女性だと思った。言い出したら聞かない気の強さはあったけど、母子家庭の長女だし、そのへんは逆に頼りになるかなって。何より、それまで付き合ったうちで一番いい女だった。彼女とならやっていけると判断しました」。
新婚旅行はカリブ海へ行った。結婚式に呼べなかった友人に妻を紹介するのも(妻が美人なので)誇らしかった。「おいおい、他にまだ紹介してないヤツいなかったっけ?って手帳をめくるくらい。有頂天でしたね」。
妻は結婚退職したので、帰宅すれば食事ができている。中学1年で母親を亡くし、弟とふたり父親の手ひとつで育てられた太一さんにとって、忘れていた家庭の味と温かさはこころにしみた。対する妻は小学生くらいで父親を亡くしていた。妻もこの結婚で、自分に抜け落ちていた「普通の家庭」を取り戻そうとしていたのかもしれない。「結婚っていいよね、なんて言い合ってましたね」。
ところが、そんな心が躍る日々は最初の半年だけだった。
「今日は何時に帰るの?」
毎朝家を出るときにいわれる妻の言葉が、だんだんうっとおしく感じてきた。30歳を前に仕事も忙しかった。残業もある、付き合いで飲みに行くこともある。
「いちいち聞くなよ!男が仕事に出たらいろいろ付き合いだってあるだろう!」
とうとう、たまりかねて妻を怒鳴ってしまった。
「僕は彼女には本当はキャリアウーマンでいてほしかった。共働きを望んでいたんです。でも、彼女が家に入りたいというので、だったら好きなようにしたらと。そうやって、専業主婦になったら彼女は変わってしまった。社交的だと思ったのに、そうじゃなくなった。親父と弟が住む実家の近くにマンションを借りたんですが、彼女は親父の家に近づこうともしない。たまに食事くらい作りに行くのが普通じゃないですか。親父は頑固者でひねくれ者というか、一見とっつきにくい男でしたが、根は温かい人間なんですよ」
いきなり妻の人格が変わるとは思えない。何か原因は思い当たらないか。その答えはこういうことだった。
結婚式の段取りや招待客を決めるのに、夫婦は父親とひどくもめた。父親は自分の友人や上司まで呼ぶことにした。母子家庭の妻側の招待客は、4分の1ほどに減らさざるを得なかった。太一さんは、父親が男手ひとつで育て上げた長男である自分の結婚をどんなに人に自慢したいか、よくわかった。費用はすべて父親もちだったので、自分たちの意向を強くいうことはできなかった。
「結婚後はほぼ絶縁状態でして。妻に言っても、怖いから行きたくないというし、父親とはこじれてしまって。僕もじゃあもう絶縁だ! 二度と行かなくていい!みたいになっちゃったんですよ」
???
それはおかしくないだろうか。夫が絶縁だ!となれば、妻もあえて苦手な義父のところに食事を作りにいくはずはないのでは?
「うーん。まあ、それはそうなんですけど…」
饒舌な太一さんも一瞬黙ってしまった。
ごめんなさいね。前の奥さんに話が聞けないので、奥さんの立場からも質問しちゃうけど――。そんなふうに前置きして取材を進めた。奥さんは結婚式の遺恨もあり、一見怖い義父になじめず八方塞りだったのではないか、と。
「そうですね。僕が悪かったです。自分の父親なんだからもっと妻の立場になってなんとか修復できるよう努力すべきでした。でも、あの頃は、なんだろう…。なんか天国の後に突然地獄が来たような感じで…。結果的に、僕が弱かったんですね。逃げちゃったんです」。
誰しもそんなに強くはない。自分は逃げる一方で、揉め事を解決してくれないパートナーを「ああ、なんとかしてくれたらいいのに」と心で責め続けることもあるだろう。
妻の母親が太一さんの父親に電話をし、仲をとりもとうとしてくれたこともあった。妻が頼んだようだった。それも、うまくはいかない。妻と父親との板ばさみの中で、太一さんは疲れていた。(次週に続く)
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